丸木舟による黒潮横断
国立科学博物館が進める「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」(代表:海部陽介人類史研究グループ長)のもとで,この(2019年)7月,丸木舟で台湾から黒潮を横断して与那国島への渡航に成功したことが報道された(参考1・2参照).

海部氏らは,ホモ・サピエンス(現生人類)がアフリカから世界各地へと進出する中で,当時は北海道を除き海で囲まれていた日本列島に,どのようなルートで渡来したのかを探った.そして,発掘された遺跡の情報や,発見された人骨の遺伝学的(DNA)情報から,日本には3つのルートで進出したとの仮説を得た.対馬ルート(およそ3万8千年前),沖縄ルート(3万5千年前),そして北海道ルート(2万5千年前)である.この時代は氷河期であり現在よりも130mほど水位が低かったが,対馬ルートも沖縄ルートも海を渡る必要があった.とりわけ沖縄ルートは,中国と陸続きの台湾から最短の与那国島まで200qもあり,かつ,その間には黒潮が流れている.当時どのような手段でここを横断したのかを実証するのがこのプロジェクトの目的である.

当時の材料(草・竹・木の3つの可能性)と工具(とりわけ刃部磨製石斧:じんぶませいせきふ)を用いて,船(それぞれ,草束船・竹筏船・丸木舟)を作り,実際に黒潮横断が可能かどうかを探ったのである.草束船を用いた試験航海は2016年に行われ失敗に終わる.2017年と2018年には竹筏船でチャレンジし,これもスピードが上がらず失敗する.そして今回の丸木舟によるチャレンジである.7月7日(日),台湾の烏石鼻(うしび)を,男子4名,女子1名の漕ぎ手が乗る丸木舟が出港し,そして45時間かけて無事与那国島へ到着したのであった.

このプロジェクトの研究資金は2016年にクラウドファンディングで集められた.国立科学博物館は以後,プロジェクトの進捗状況を随時ウェブサイトで公開した.このプロジェクトには,3万年前の黒潮を再現する海洋学研究者も含め,多くの人たちが協力している.バイタリティ溢れる海部氏のリーダーシップがいかんなく発揮されたプロジェクトではなかろうか.なお,陽介氏の父君宣男氏(元国立天文台・台長,元国際天文学連合・会長)はこの4月に亡くなられている.陽介氏は,この丸木舟による黒潮横断の快挙の報を聞かせてあげたかったのではと推察する.実際,この2月発刊された文春文庫の扉には,「父,宣男へ」との言葉がある.
<参考>
1.海部陽介, 2019: 日本人はどこから来たのか? 文春文庫,pp.255.
2.(独)国立科学博物館, 2019: 丸木舟での「台湾→与那国島」実験航海に成功しました. プレスリリース, 2019年7月12日.


2019年9月20日記


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