ネッシーは巨大ウナギ?−環境DNAからのアプローチ
先月(2019年9月)7日(土)のテレビや新聞で,最新技術である環境DNA解析により,イギリス・スコットランドのネス湖には,首長竜のような巨大な生物はいないと研究者が発表したことを報じた.ネス湖はイギリス最大の淡水湖で,古より巨大な水棲動物が目撃されたとして有名な湖である.最初の目撃談は西暦565年まで遡るという.1933年に湖に通じる道路が整備されると,目撃した!や写真を撮った!との話が多くなり,この生物は「ネス湖の怪獣(Loch Ness Monster)」,愛称は「ネッシー(Nessie)」と呼ばれるようになった.しかし,撮影された写真は捏造されたものと後に明らかになり,また,巨大生物が生存するための食糧の観点(湖の生物量は極めて少ない)や,代々子孫を残すためには数十頭の集団でなければならない(そうであるならもっと目撃されてよい)などの点で,巨大生物の存在は疑問視されてきた.それでも,多くの人たちは,全否定がなされていないことで,その存在を期待する向きもあった.

さて,今回の調査は,ニュージーランド・オタゴ大学のN. ゲメル博士を中心とする6カ国のチームが,湖の約250カ所から水を採水し環境DNAを分析したものである.その結果,多数の生物のDNAが観察されたものの,首長竜に相当するDNAは発見されなかったという.存在が確認された生物の中では「うなぎ」が圧倒的に卓越しており,ゲメル博士は,ネッシーは巨大化したウナギではないかと話しているのだそうだ.

さて,環境DNA(eDNAとも表記)とは,生物個体そのものでなく,排泄物や粘液,体から剥がれ落ちた皮膚などに含まれるDNAのことである.水や堆積物に含まれる環境DNAを調べることで,生物の有無を知ることができる.場合によっては生物の量(数)まで推定できるという.生物種の同定は,その生物に特徴的な塩基配列の有無で判断するので,参照するデータベースの充実が鍵となる.この環境DNA技術は,2008年にフランスの研究者G.F. Ficetola らにより開発された.以後,塩基配列の分析装置であるシークエンサーの飛躍的向上もあり,簡便に生態系を監視できる技術として,我が国も含めて世界中で盛んに研究されている.実際,日本では昨年(2018年),「環境DNA学会(The eDNA Society)」が設立された.

昨年度から始まった文部科学省の「海洋情報把握技術開発プログラム」の一つの課題が,海の環境DNAを現場で自動的に解析する装置の開発である(代表者は東京大学の濱崎恒二教授).現在はサンプルを実験室まで運んで分析しなければならないが,現場で人の介在なしに解析を自動的に行うことができれば,効率的な海洋生態系モニタリングが可能となる.超えるべきハードルは高いが,何とか5年という期限内に開発を成功してほしいと願っている.


2019年10月20日記


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