成功の秘訣は「柔軟性と執着心」
表題は,今年(2019年)ノーベル化学賞を受賞された旭化成フェローの吉野博さんが記者会見時に述べたものである.記者から研究者にとっての必要な姿勢を問われ,「頭の柔らかさと,その真逆の執着心.しつこく最後まであきらめないこと」と答えた(10月10日,朝日新聞).さらに続けて,「剛と柔のバランスをどうとるか.大きな壁にぶちあたったときも,『なんとかなるわ』という柔らかさが必要」と述べている.

吉野さんが表現した「柔」の重要さについては, 1987年にノーベル生理学・医学賞受賞された利根川進先生や,同じノーベル化学賞を2010年に受賞された根岸栄一先生も真っ先に取り上げている,根岸先生は,吉野さんが「柔」と表現したものを「永遠の楽観主義」と表現されていた.

自分のことを振り返っても,課題を設定した後,研究が順調に進むことなどは稀なことであり,相当の時間を堂々巡りのような状態で過ごす経験をしてきた.これが一番苦しい時であるが,それでもある時,何らかのきっかけでアイデアが閃いて,ぐんと進むようなときがあった.そしてまた,ぐずぐずしている時を過ごすという,このような繰り返しでゴールへとたどり着いていたのではなかったろうか.この「何らかのきっかけで,アイデアが閃く」とは,理詰めで思考実験をしても必ずしも障害(壁)を乗り越えられるとは限らず,そんな中で別のルートの解決策が突然見つかるようなことである.吉野さんはこのような時が必ず訪れるので,「なんとかなるわ」という心の持ちようが大切であることを述べたのではないか.

では,「突然」解決策を見つけるためにはどうすればよいのであろうか.私自身は,問題をいつも考えていることなのだろうと思っている.堂々巡りになるとしても,あれやこれやと,しつこく,しつこく頭の中で思考実験を繰り返すことである.これがプレコンデショニングになって制御は不可能であるが,いつかの閃きに結びつくのであろう.数学者のアンリ・ポアンカレ(J.-H. Poincare, 1854-1912)は,著書『科学と方法』(1908:吉田洋一訳,岩波文庫,2000)の中で,そのような出来事が何度も起こったことを記している.「どこかへ散歩に出かけるために乗合馬車に乗った.その階段に足を触れた瞬間,(略)突然わたしがフックス関数を定義するのに用いた変換は非ユークリッド幾何学の変換とまったく同じであるという考えが浮かんできた」などと.ポアンカレはこれらの体験を分析し,「突然天啓の下った如くに考えのひらけてくること」は,「これに先立った長い間無意識に活動していたことを歴々と示すもの」であるとまとめた.私もこの分析にまったく同意する.たとえ壁にぶつかろうが,問題を考えに考えていれば,いつか突破口は必ず見つかるものであると信じたい.


2019年11月20日記


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