Topics 2015.11.02

海洋のベンチレーションの研究とアルゴ計画

地球表面の70%を占め,平均水深が約3800mにも及ぶ海洋は,大気の約1000倍の熱容量をもち,気候の形成・維持に決定的な役割を果たしています.地球温暖化の問題を例にとれば,1971年から2010年までに生じた過剰な熱の90%以上は海洋に蓄えられたと見積もられています.地球環境物理学講座(海洋物理学分野)では,気候システムの主要な構成要素である海洋の実態と変動,およびその気候の維持・変動における役割に関する研究を幅広く行っています.

海洋は大気との間で熱や水,二酸化炭素などの物質を交換していますが,この交換に直接係わっているのは,海面付近のよくかき混ぜられた層である混合層です.混合層は,海面での冷却や蒸発に伴う密度成層の不安定化が卓越する冬季に発達します.例えば北太平洋では場所によっては冬季混合層が200~300mにまで達し,大気と交換した熱や水,物質の情報はこの深さまで直接及びます.ただし,これほど深い混合層が発達する海域は限られています.さらに,深いといっても,海全体からみれば表面付近のごく浅い層に過ぎません.混合層よりも深いところは,重い水ほど下になるように水が積み重なった安定成層の状態にあり,上下方向の熱や物質の交換は著しく制限されています.

海洋が大気との間で交換した熱や水,物質の情報が海洋内部に行き渡ることを,「換気」あるいは「通気」という意味の単語を充てて,ベンチレーション(ventilation)と呼んでいます.混合層の発達もベンチレーションを担っていますが,それだけでは海全体のベンチレーションは説明できません.ベンチレーションを理解することは海洋学の基本的かつ重要な課題といえ,我々も長年取り組んできました.

海洋のベンチレーションの研究には,海洋内部の水温や塩分の分布の情報が不可欠です.電磁波が届かない海の内部を測るには,船でその場所まで行って,観測装置を海に入れるしかありません.19世紀に近代海洋観測が始まって以来,船舶による観測が海洋観測の主役でした.しかし,費用と時間がかかる船舶観測では,絶えず変化する海を時空間的に万遍なく測ることは困難です.とくに,人間活動の主な拠点から離れた南半球の海や,天候が荒れがちな冬の海については,20世紀末までデータ空白域が広がっていました.

この状況を劇的に変えたのが2000年から始まったアルゴ(Argo)計画と呼ばれる国際プログラムです.プロファイリングフロートと呼ばれる自動的に浮沈する観測ロボットを多数配置して世界の海をくまなく観測しようという計画です.日本では,国立研究法人海洋研究開発機構と気象庁を中心に,関連する省庁や大学等が協力して,開始時からアルゴ計画に大きく貢献してきましたが,我々のグループも当初からこの計画に参加してきました.現在は30カ国以上が参加して,3900台以上のフロートが世界の海に展開されています.各フロートは概ね10日毎に深度2000mから海面までの水温・塩分観測を行い,データを衛星経由で地上に送信しており,全てのデータは観測から24時間以内にインターネット上で公開されています.アルゴ計画の実現は世界の海のモニタリングにとって,まさに革命といえる出来事でした.

アルゴのデータによりベンチレーションの研究も進みました.安定成層している海水は密度が等しい面に沿って動く性質があります.混合層の水が,傾いた等密度面に沿って海洋内部に沈み込む過程はサブダクションと呼ばれ,中緯度海洋の上層約1 kmまでのベンチレーションを主に担っています.サブダクションを定量化するには,海洋内部の密度場の情報が必要ですが,データの不足から,従来は数十年分のデータを合成した密度場による見積りしかできませんでした.アルゴの観測網の完成からほぼ十年が経過し,蓄積されたデータによって各年のサブダクションを定量化できるようになり,沈み込み量に大きな年々変化があることや,活発な沈み込み域が年によって異なることがわかりました.現在は,サブダクション過程の変化が,海洋内部の熱や物質の分布に与える影響の解明に取り組んでいます.

アルゴ計画によって革命的な変化を迎えた海洋観測ですが,船舶観測は依然として重要性を失っていません.船舶による様々なセンサーでの観測や採水観測がもたらす多様で高精度のデータは,フロート観測では得られないばかりか,それらの高精度データはフロートデータの品質チェックにも不可欠です.今後アルゴは水温・塩分だけでなく,酸素・栄養塩・酸性度などの観測に拡張されることが期待されていますが,そうなると船舶観測との相補性はますます重要さを増します.我々のグループでも,他の研究機関と協力して船舶観測を積極的に実施しています.

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北太平洋に投入されるアルゴフロート

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海洋上層のベンチレーションの模式図

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新青丸KS-15-14次研究航海における集合写真

リンク: 地球環境物理学講座 海洋物理学分野

リンク: Argo JAMSTEC

リンク: Argo Project Office

(文責 地球環境物理学講座 海洋物理学分野 須賀利雄教授)

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