100
著者 中島 義道(なかじま よしみち:元電気通信大学教授,哲学者)
書名 東大助手物語
出版社等 新潮社,2014年11月15日,189ページ
一言紹介 著者を助手として採用した東京大学教養学部の粕谷教授(仮名だが,調べるとすぐ実名がわかった)の,28年前の半年間にわたる執拗な「いじめ」を綴った実録物語.「その攻撃があまりにも過酷だったので,その後いまに至るまで私は完全な人間嫌い」になり,「その執拗な『いじめ』は私の全人生観を変えた」ほどであったが,「潜り抜けえたという自信が現在の私を形作っている」という.この本を書いたのは,「大学とはどういうところか,学会とはどういうところか,そこで研究するとはどういうことか,を正確に報告したくなった」(188ページ)からだそうだ.現在では考えられない(と,私は信じたい)大学での‘実録パワハラ物語’なのだが,今世に問う意味があったのか,私にはわからない.
(2015年1月)

099
著者 徳大寺 有恒(とくだいじ ありつね:自動車評論家,1939-2014)/島下 泰久(しました やすひさ:モータージャーナリスト)
書名 2015年版 間違いだらけのクルマ選び
出版社等 草思社,2014年12月19日,254ページ
一言紹介 徳大寺さんは1976年,「間違いだらけのクルマ選び」を出版し大きな反響を巻き起こした.「間違いだらけの…」は流行語ともなった.以後2004年版までこのシリーズは続く.そして2011年版を島下氏と共著で復活させ,今回で復活5冊目となる.日本のクルマの品質は格段に向上しているものの,それでも修正すべき点は多々あると,自動車を愛しているが故の辛口批評が貫かれている.さて,自分が選んだ車がどんな評価を得ているのか,毎年恐る恐るページをめくっている.ところで,徳大寺さんは冒頭の4つ目の項目で,「私はクルマ選びは10年,10万km乗ることを基本に考えるべきだと思う」と書いている(25ページ).私もそう思って実践してきた.残念ながら徳大寺さんは,この(2014年)11月7日に74歳で亡くなられた.
(2014年12月)

098
著者 木田 元(きだ げん:中央大学名誉教授,哲学者,1928-2014)
書名 哲学散歩
出版社等 文芸春秋,2014年10月25日,217ページ,「哲学散歩」の初出は「文學界」,2010年5月号から2013年11月号まで隔月に連載,「間奏 悠久の旅」の初出は「大航海」No. 68-70(2008年9月から2009年3月)
一言紹介 「(略)たまには言葉の森に分け入って,『哲学』と呼ばれてきた散歩道にまぎれこみ,往年の哲人たちの面影を偲んでみるのも一興か」(9ページ)と思い,この連載が始まった.隔月連載で足かけ4年,全24回連載の予定であったが,23回で筆が進まなくなったという.本書には21回分が収められている.第1回は「エジプトを旅するプラトン」で,時代を漸次くだり,第21回は「ある訣別−ハイデガーとレービット」である.哲学者の生の姿が,その思想とともに活写される.第21回の最初の文に,「(略)現代に近づくにつれて話題になる哲学者が小粒になっていく感じで,多少きにならないでもない(略)」とあった(208ページ).木田さんは本学文学部哲学科の出身で,ハイデガー研究で著名である.残念ながら木田さんは,この(2014年)8月16日に,85歳で亡くなられた.
(2014年12月)

097
著者 日本エッセイスト・クラブ編
書名 人間はすごいな ’11年版ベスト・エッセイ集
出版社等 文藝春秋,文春文庫(編11-29),2014年10月10日,302ページ
一言紹介 2010年に発表されたエッセイから,日本エッセイスト・クラブが選んだ52編の作品が収められている.どの作品も素晴らしく,作者の鋭い感性に乾杯したい.ところで気になったエッセイを一つ紹介.建築学者の東京大学名誉教授の藤森照信さんの「最終講義」に,「(略)近年の学生の授業熱心には目に余るものがある.授業などより自分の関心の追求だけに没頭すべき貴重な時期なのに,多勢出席するわ,休講すると抗議がくるわ,大学院を何と心得ておるのか」(291ページ)とある.大学院ではもう研究=創造の段階であるから授業など出なくてもいい,と主張しているのだが,これはどうだろうか.本書はこのシリーズの29冊目で,これが最後となる.このシリーズを手に取ることは私の毎年の楽しみであったのだが….
(2014年12月)

096
著者 河出書房新社編集部編
書名 天野祐吉 経済大国に、野次(ヤジ)を.
出版社等 河出書房新社,2014年8月30日,191ページ
一言紹介 昨年(2013)10月20日に亡くなられた天野さんのこれまでの活動の紹介.ご自身が立ち上げた「広告批評」のあとがきや朝日新聞に連載した「CM天気図」,対談,エッセイなどが集められている.「調査情報」の2013年1-2月号に掲載されたエッセイ「テレビCM60年」の中で,天野さんは,3・11からの再生とは「単に以前に戻すということ」ではなく,「国のあり方を,生活のカタチをどう新しくつくりかえていくか」であるとし,ここに「新しい広告の力が必要になってくる」とする.新しい生活のイメージを広告がまず表現すべきとの提言である.そしてこのエッセイの最後を,「広告にとって,たいへんな年が始まろうといしてる」と結ぶ(182-183ページ).本書には,谷川俊太郎,横尾忠則,橋本治,川崎徹,大貫卓也の各氏からの特別寄稿も収められている.
(2014年11月)

095
著者 本川 達雄(もとかわ たつお:東京工業大学名誉教授,生物学者)
書名 おまけの人生
出版社等 文芸社,文芸社文庫,2014年10月15日,214ページ,既発表のエッセイと書き下ろしによる単行本は2005年6月,阪急コミュニケーションズから出版,文庫化にあたり加筆・修正を行った
一言紹介 消費エネルギーと動物学的時間の関係でみれば,人間の寿命はおおよそ40歳とのこと.したがって,人生80年の残りの時間は生物学的には意味のない「おまけの人生」となる.著者は,「おまけの人生」を「広い意味での生殖活動」,すなわち,「次の世代を育てる」ことに充てるのが良い,と説く.本書の前半はそのような観点からのエッセイ.後半は日本の曹洞宗の開祖の一人である道元の,没後750年の記念講演をもとにした「道元の時間−生物学視点で読む『正法眼蔵(しょうほうげんぞう)』」.著者の考える時間と,道元が喝破した時間の概念とが同じであることを,道元の名言を引きながら講ずる.シンガー・ソングライター・バイオロジストを公言する著者は,本書でも多数の曲を紹介している.
(2014年11月)

094
著者 北 杜夫(きた もりお:作家,1927-2011)
書名 マンボウ最後の家族旅行
出版社等 実業之日本社,実業之日本社文庫(き24),2014年10月15日,253ページ,単行本は2012年3月に同社から,初出は月刊ジェイ・ノベル連載エッセイ「マンボウ夢草紙」(2009年9月号〜2011年12月号)
一言紹介 北さんが亡くなってから丸3年が過ぎた.本書は北さんの最後のエッセイ集.2009年に大腿骨を骨折してからの生活ぶりが,自らの手で活写される.娘の由香さんの有無を言わせないリハビリと,北さんを旅行へ引っ張り出すエネルギーが凄い.北さんは‘たじたじ’なのだが,内心は感謝していたようだ.ところで,本書で取り上げられている「どくとるマンボウ昆虫展」が,一昨年(2012年)の4月から6月にかけて,本学大学院理学研究科の自然史標本館で開催された.期間中,由香さんも講演に来られた.なお,私と高校で同級だったS君が経営する蔵王温泉の「和歌の宿 わかまつや」は,茂吉の親戚筋であると本書で紹介されている.これは知らなかった.
(2014年11月)

093
著者 横山 昭男(よこやま あきお:山形大学名誉教授,日本近世史学者)
書名 シリーズ藩物語 山形藩
出版社等 現代書館,2007年9月25日,206ページ
一言紹介 江戸時代,全国には約300の藩があった.現在でも,仙台は伊達藩のように,藩意識が色濃く残っているところが多い.では山形は? 江戸初期,57万石の大藩である最上家が治めていた.しかし,大阪冬の陣の年,当主義光(よしあき)が亡くなり,藩を二分するお家騒動が起こる.これが納まらず,幕府から全領地を没収され,近江と三河の地(1万石)に移封される.その後の山形は,鳥居・保科・松平・堀田など,幕府の中枢を支える譜代大名が藩主となった.十数回の藩主交替の度に減封され,幕末の山形藩はたったの5万石.したがって,村山地方の人にはおらが殿様という藩主はいない.現在,霞城(かじょう:山形城の別名)公園には,最上義光の騎馬像がある.
(2014年10月)

092
著者 鷲田 清一(わしだ きよかず:大阪大学文学部長・総長などを歴任,現在大谷大学教授,大阪大学名誉教授,専門は哲学・倫理学)
書名 哲学の使い方
出版社等 岩波書店,岩波新書(新赤版)1500,2014年9月19日,245ページ
一言紹介 「哲学とは何か?=思考はいつ哲学なのか?」を問うた本.「哲学の入口」(第一章),「哲学の場所」(第二章),「哲学の臨床」(第三章),「哲学という広場」(終章)からなる.「哲学する」対象はどこにでもあり,「哲学がもしスキルとして使われるものだとすると」,「(略)現実のどんな複雑な問題でもあらゆる角度から眺め,その錯綜を解きほぐし,そこから問題をより適切なかたちで立てなおし,さらに解決への展望をたぐり寄せる,そういうスキル」であるとする(214ページ).だから博士号という学位が,世界でPhD(哲学博士)と呼ばれる所以だとする.「哲学する」ことを勧める本である.
(2014年10月)

091
著者 外山 滋比古(とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 元気の源 五体の散歩 「知」を支える頭と体の整え方
出版社等 祥伝社,2014年8月10日,214ページ
一言紹介 1923年の生まれの外山先生,もう90歳を超えているが,とても健康.このエッセイ集は,健康を保つ秘訣を書いたもの.足の散歩はもちろん,手の散歩,口の散歩,目の散歩など,「五体の散歩」が大事と説く.この言葉は先生の造語.先生は五体の散歩をとても楽しんでいる.「本を読むのも,目と頭の散歩である」とし,「(本書を)むずかしいことは考えず,風のように読んでいただければありがたい」(6ページ)と記す.大いに納得.それにしても,先生のエッセイ本を見つけると,ついつい手が出てしまう.
(2014年10月)

090
著者 中江 有理(なかえ ゆり:女優・作家)
書名 ホンのひととき 終わらない読書
出版社等 毎日新聞社,2014年5月30日,213ページ
一言紹介 年間300冊の本を読破するという中江さんの初エッセイ集.毎日新聞に連載した「ホンのひととき」,週刊エコノミストに連載した「読書日記」,他に単発で書いた書評を集めて1冊とした.中江さんは,「わたしの趣味は読書です.単に趣味というより生きがいかもしれません」(21ページ)と述べ,本について書き続けている理由は,「本の面白さを分かちあいたい」,「誰かと分かちあえる方がずっと楽しい」(211ページ)からだとする.確かに,本を読んだあとは誰かに話したくなるものですね.中江さんが本書で取り上げた本から察するに,読書の幅は相当なもの.
(2014年9月)

089
著者 本川 達雄(もとかわ たつお:東京工業大学・教授,生物学)
書名 「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー
出版社等 文芸社,文芸社文庫,2012年8月15日,281ページ,2006年1月,阪急コミュニケーションズから出版された単行本に,加筆・修正したもの
一言紹介 大ベストセラー「ゾウの時間 ネズミの時間」の著者,本川先生の第2弾.生物はエネルギーを消費すればするほど,その生物にとって時間が早く進むのだそうだ.その中で,人間は他の動物とは異なり,莫大なエネルギーを使って長生きしている.実際人間を通常の哺乳類とすれば,その寿命は30歳程度となるはず.それが莫大なエネルギーを消費している日本人であれば,平均寿命は80歳となる.このような時代に,老いた人は’おまけの人生’をどのように生きればいいのだろうか.本川先生は次世代のために働け,広い意味での「生殖活動」を行え,と提案する.ところで,本川先生は歌う生物学者としても大変有名.実際この本にも何曲かの自作の曲が採録されている.
(2014年9月)

088
著者 冲方 丁(うぶかた とう:作家)
書名 はなとゆめ
出版社等 KADOKAWA,2013年11月6日,356ページ,学芸通信社の配信により全国七紙に2012年12月から2013年10月まで掲載したものに,加筆修正したもの
一言紹介 渋川春海を描いた「天地明察」,徳川光圀を描いた「光圀伝」に続く著者の時代小説.時代は平安.清少納言は,一条帝の中宮である藤原定子(ていし)に仕える女房となる.その日常を,清少納言の独白で綴ったもの.清少納言の父親は著名な歌人藤原元輔.だが,本人は歌人としての素養はなく,漢籍にも通じていないとする.そこで,和歌でも漢詩でもなく,日記でも物語でもない,後に「枕草子」と呼ばれる文章を,中宮から贈られた上質の紙に認めて中宮を慰める.そして3人目の子を出産するまもなく亡くなった中宮のため,清少納言は最後の文章を記す.「春は,あけぼの−」 と.「男の権力争いに翻弄される女たちと,それを見つめる清少納言」の物語.
(2014年9月)

087
著者 金田一 秀穂(きんだいち ひでほ:杏林大学外国語学部・教授)
書名 金田一家,日本語百年のひみつ
出版社等 朝日新聞出版,朝日新書(476),2014年8月30日,220ページ
一言紹介 アイヌ語研究で著名な祖父京助,アクセント研究で著名な父春彦,そして著者という国語学者が三代続く,金田一家のエピソードを交えて記した言葉に関するエッセイ集.「今の日本語はどんな姿か」の第1部と,「日本語三代」の第2部からなる.これまで週刊誌や月刊誌に発表してきたものをまとめたもの.京助に対する春彦の対応など,人の家を覗き見るようなところもあり,なかなか面白い.それにしても,書名の「日本語のひみつ」とは何なのだろう.帯にある「日本語の一世紀を振り返ってみる老舗のヒストリー」とも合わせ,これらのキャッチコピー,私にはちっとも理解できない.
(2014年8月)

086
著者 リチャード・バック(Richard Bach:ウィキペディアによると飛行家・作家で,作曲家バッハの直系の子孫であるという),五木寛之創訳,ラッセル・マンソン写真
書名 かもめのジョナサン(完成版)
出版社等 新潮社,2014年6月30日,170ページ
一言紹介 1970年に出版され,数年後に世界中でベストセラーとなった同書に,Part Fourを加えて完成版と銘打ったもの.著者の「完成版への序文」によれば,Part Fourは当時既に書きあげられていたが,必要とは思えず省略して出版したという.Part Fourの原稿が40数年を経て妻によって発見され,21世紀の現代にはこれが必要との判断で追加されたという.‘あいつ’(当時の著者)は‘あんた’(現在の著者)に言う.「あんたのいる21世紀は,権威と儀式に取り囲まれてさ,皮紐で自由を扼殺しようとしている.あんたの世界は安全にはなるかもしれないけど,自由には決してならない.(略)おれの役割は終わった.次はあんたの番だよ」.1970年代半ばに大学生だった私は,当時この本が何を主張しようとしているのか分からずとても困惑した(ような気がする).今回改めて読んで,その意味を掴めたと思うのだが,さて私の読み方はこれでいいのかどうか….
(2014年8月)

085
著者 山本 博文(やまもと ひろふみ:東京大学史料編纂所・教授,日本近世史)
書名 浮世絵でわかる! 江戸っ子の二十四時間
出版社等 青春出版社,青春新書(PI-426),2014年6月15日,123ページ
一言紹介 本書の内容は題名の通り,江戸における庶民の1日を,朝の4時ごろの「暁七ツ 江戸の朝は日本橋から明ける」から,夜中零時ごろの「夜九ツ 静寂に包まれた大川で白魚漁が行なわれる」まで,浮世絵を使い解説したもの.この時代の江戸では,庶民はとてもバイタリティがあり,文化も庶民にもしっかり根付いていたことがわかる.江戸の暮らしは大変豊かだったのだろう.ところで,用いられている浮世絵がいずれも大変すばらしい.美人画でも役者絵でも相撲絵でもなく,さらには風情ある風景画でもない,庶民の日常生活を表現した浮世絵が,こんなにもたくさん描かれたのは,どういうわけだろう.浮世絵(文科)に興味が湧いてきた.
(2014年8月)

084
著者 外山 滋比古(とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 乱読のセレンディピティ 思いがけないことを発見するための読書術
出版社等 扶桑社,2014年4月5日,205ページ
一言紹介 以下,長い引用である.「結局,やみくもに手当たり次第,これはと思わないようなものを買ってくる.そうして軽い好奇心につられて読む.乱読である.本の少ない昔は考えにくいことだが,本があふれるいまの時代,もっともおもしろい読書法は乱読である.(略)乱読がよろしい.読み捨てても決して本をバカにしてのことではない.かりそめの読者がしばしば大きなものを読みとる」(19ページ).著者の読書経験に基づき,「(略)間違いだらけの読みが思いもよらない発見をもたらすことに気づいた.それをセレンディピティのように思った」のだそうだ(204ページ).私の読書も,乱読以外のなにものでもないのだが,さて,セレンディピティなどあったかしら.
(2014年7月)

083
著者 小川 洋子(おがわ ようこ:作家)
書名 みんなの図書室/みんなの図書室2
出版社等 (株)PHP研究所,PHP文芸文庫,2011年12月2日/2012年11月29日,227ページ/233ページ,文庫本オリジナル
一言紹介 日曜日の午前,毎週1冊の文芸作品を紹介しているFM番組「Panasonic Melodious Library」の2008年7月から2009年6月分までと,2009年7月から2010年6月までの放送分をまとめたもの.取り上げられた本の分野はとても幅広い.また,この本の隣(前の週や次の週)がどうしてこの本なのだろうかと,意表を突かれる.小川さんは番組のスタッフと議論して取り上げる本を決めているのだそうだ.「やりたくてもまだ機会がなく,順番を待っている本がたくさんあるのです.そのことに気づく時,文学とは何と偉大なのだろう,という素直な感動に打たれます」(みんなの図書室,4−5ページ).
(2014年7月)

082
著者 早川 義夫(はやかわ よしお:ミュージッャン,本書店経営者)
書名 ぼくは本屋のおやじさん
出版社等 筑摩書房,ちくま文庫,2013年12月10日,244ページ,原本は1982年晶文社刊の同名の書に,「いやらしさは美しさ」(アイノア,2011年)の一部を第3章として増補収録したもの
一言紹介 えー,早川義夫さんて,ジャックスのメンバーで,あの名曲「サルビアの花」の作曲者ではないか.どうして本屋の親父さんなんだろう,というのが,この文庫本を手に取った理由.早川さんは1970年代に入ると音楽活動を止め,約20年間,川崎市に小さな本屋さんを開いた.本書は本屋を経営しているときの話をまとめたもの.それにしても本屋さんの経営は楽ではない.出版社や大手書籍卸問屋は何とも横暴.好きな本を好きなように売ることの難しさが綴られる.本に囲まれて一見良さそうに思えるのだが,現実は大変厳しい.現在は小規模書店にはもっと厳しい時代になっているのでしょうね.
(2014年7月)

081
著者 マイケル E. マン(Michael E. Mann:米国ペンシルバニア州立大学・教授,気候学者),藤倉 良/桂井 太郎訳
書名 地球温暖化論争 −標的されたホッケースティック曲線−
出版社等 化学同人,2014年3月25日,375ページ,他に索引・注・参考文献で113ページ
一言紹介 著者マンは,1999年共同研究者とともに,年輪などの代替え(proxy)資料を用いて1000年前から現在までの地表面気温の時系列を作成した.この図には,紀元12世紀ごろを中心とする中世温暖期も,その後の17世紀を中心とする小氷期もない.19世紀半ばに向かって緩やかに降温し.その後急激に昇温する,いわばアイスホッケーのスティックの形に似た時系列であった.この図がIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第1作業グループ第3次評価報告書(2001年)に掲載される.この後著者は,温暖化に都合のいいようにこの図を捏造したと懐疑論者から攻撃を受けることになる.本書は,マンの視点から見た地球温暖化論争である.温暖化を認めたくない勢力による執拗で悪賢い攻撃の数々と,それに対する著者たちの反撃が記されている.第4次評価報告書(2007年)公表後の2009年に起こった「クライメイトゲート事件」についても言及.
(2014年6月)

080
著者 池上 彰(いけがみ あきら:東京工業大学リベラルアーツセンター・特任教授,元NHK記者)
書名 おとなの教養 私たちはどこから来て,どこへ行くのか?
出版社等 NHK出版,NHK出版新書(431),2014年4月10日,231ページ
一言紹介 著者は,「教養とは自分を知ること」,すなわち,「私たちはどこからきて,どこへ行くのか?」を問いかけること,と定義する.そして古来,この問いへの真摯な取り組みが「リベラルアーツ(自由七科)」という学問体系を築いたとする.この立場で著者は,現代のリベラルアーツを講義する.その内容は,「宗教」,「宇宙」,「人類の旅路」,「人間と病気」,「経済学」,「歴史」,「日本と日本人」の七つの講義である.いつもながら歯切れも調子もいいですね.ところで,この本に帯に,「現代人の『生きる』力=教養の本質が一気に身につく決定版!」とありました.出版社が考えたのだと思うのだが,このキャッチコピーはどうでしょうかね.
(2014年6月)

079
著者 上原 浩(うえはら ひろし:元鳥取県工業試験場職員,酒造技術指導に長年従事)
書名 純米酒を極める
出版社等 光文社,光文社知恵の杜文庫,2011年1月20日,267ページ,2002年12月,光文社新書より同名で刊行したものの文庫化
一言紹介 著者は「酒は純米,燗ならなお良し--」と主張する(11ページ).日本酒はもともと(昭和17年まで)全てが純米酒であったのが,「腐造」(健全に発酵しない状態)を防ぎ,量を確保するために緊急避難的にアルコール添加(アル添)が行われるようになったという.さらに戦後になって,人口が増えて景気も良くなり,日本酒への需要が増えた時,アル添酒がさらに増加した.昨今の日本酒離れの原因がこの安易に作られたアル添酒にあるとし,純米酒回帰を解く.著者は,尾瀬あきら氏の漫画,「夏子の酒」の上田久元鑑定官のモデル.なお,本書の巻末には全量純米酒を作る酒蔵のリストがある.宮城県では,Wの銘柄で出しているK酒造が入っている.私の大好きな酒の一つである.
(2014年6月)

078
著者 塩野 七生(しおの ななみ:作家)
書名 皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上・下)
出版社等 新潮社,2013年12月20日,301ページ・258ページ
一言紹介 神聖ローマ帝国皇帝フリードニッヒ二世(1194-1250)の生涯が綴られる.3度もの破門というローマ法皇との確執が続くも,皇帝として第六次十字軍を派遣し,戦うことなくイェルサレムを奪取する(無血十字軍).帝国の統治に当たっては,カプア憲章,メルフィ憲章を交付し,法による統治を目指した.また,数学者フィボナッチを抱え,ローマ数字に代わりアラビア数字を導入した.13世紀のイギリス人年代記作者は,フリードリッヒ二世は世界の驚異であると表現した.それ以来,「STVPOR MVNDI(世界の驚異)」はフリードリッヒ二世の代名詞となる(下巻,257ページ).塩野さんは,作家デビューを果たしたとき,「いずれ,フリードニッヒ二世を書きたい」と林健太郎先生に話したという(上巻,10ページ).そしてデビューから45年後,この作品が世に送り出された.
(2014年5月)

077
著者 土岐 大介(とき だいすけ:元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント取締役社長,一橋大学客員教授,2014年4月から本学特任教授)
書名 絶対話力
出版社等 東洋経済新聞社,2013年12月26日,258ページ
一言紹介 「絶対話力」とは,「1分話力」と「10秒話力」を合わせたもの.営業では,短い時間で相手の「心をつかみ」,必要とする本質的な情報を精選して「伝え(る)」,最後にお客に「決めさせる」ことが重要だとする.そのためには絶対話力を磨かなくてはならない.1分話力の向上には,伝えたいものを10項目挙げ,そのうちの3つを選んで1分で説明する訓練が役にたつ.最後に決めさせるときには,お客の背中を押す「10秒話力」が威力を持つ.「人見知り」だった著者は,絶対話力を磨き,生き馬の目を抜く外資系投資企業で営業を行い,その後系列会社の社長にまで上り詰めた.最近,著者の講演を聞く機会があったが,それはもう,確かに素晴らしい話力の持ち主である.
(2014年5月)

076
著者 佐々木 健一(ささき けんいち:NHKディレクター)
書名 辞書になった男 ケンボー先生と山田先生
出版社等 文藝春秋,2014年2月10日,347ページ
一言紹介 本書は,昨年(2013年)4月29日にNHK−BSプレミアムのドキュメンタリー番組「ケンボー先生と山田先生〜辞書に人生を捧げた二人の男〜」の制作過程で得た取材内容に,新たな証言や検証を加えて構成したもの.大学時代の同級生であるケンボー(見坊豪紀:けんぼう たけよし)先生と山田(忠雄)先生の,「字引は小説より奇なり」(13ページ)の物語.最初は協力して新しい辞書(明解国語辞典)を作りあげたものの,その後別れて,ケンボー先生は三省堂国語辞典(三国:さんこく)を,山田先生は「新明解国語辞典(新明解:あるいは「新解さん」)」を編む.この間,二人の間には何があったのか,それは読んでのお楽しみ.三浦しおんさんの「舟を編む」以来,辞書ブームが続いているようだ.
(2014年5月)

075
著者 夏井 睦(なつい まこと:練馬光が丘病院「傷の治療センター」長,医師)
書名 炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学
出版社等 光文社,光文社新書(663),2013年10月20日,339ページ
一言紹介 消毒とガーゼによる傷治療の撲滅を目指す夏井先生による糖質制限推進の書.人類は狩猟生活を止めて穀物栽培を始めたことで滅亡への道を歩み始めたと主張する.本人も実際に糖質制限食事療法を実行し,メタボ解消を始め,健康に良いことづくめであったと報告.騙されて(?)糖質制限ダイエットをやってみようか,という気にさせる本.本屋さんには,「やってはいけない糖質制限」などという本もたくさん並んでいますけど,どうなのでしょうね.ところで,夏井先生は本学医学部の出身で,山形市立病院済生館に勤務しているとき,我が連れ合いも傷の治療で大変お世話になった.
(2014年4月)

074
著者 内館 牧子(うちだて まきこ:脚本家)
書名 女盛りは意地悪盛り
出版社等 幻冬舎,幻冬舎文庫(うー1-10),2014年4月10日,216ページ,「週刊朝日」2004年2月20日号〜2005年6月3日号に掲載された「暖簾にひじ鉄」を改題
一言紹介 内館さんは2003年4月から2006年3月までの3年間,本学大学院文学研究科の博士課程前期2年の課程(修士課程)に,相撲と神事の関係を研究するために在籍した.この本は,その間,「週刊朝日」に連載したエッセイ50編を集めたもの.4回に1回は東北や仙台,あるいは本学にまつわる話題が取り上げられている.「東北大相撲部の監督です」(230-234ページ)では,本学相撲部監督を引き受けるエピソードが綴られている.当時の監督Kさんは,内館さんのクラスメートで就職が決まっており,内館さんに後を託したのだという.それからもう10年が経ち,Cクラスで開会式の前に予選を行っていた本学相撲部は,今や七大戦で優勝するまでになった.
(2014年4月)

073
著者 阿部 謹也(あべきんや:元一橋大学教授・学長,社会史学,1930-2009)/日高 敏隆(ひだか としたか:元京都大学理学部教授などを経て地球環境学研究所所長,1935-2006)
書名 新・学問のすすめ 人と人間の学び方
出版社等 青土社,2014年2月10日,188ページ,月刊「MOKU」別冊「人と人間の学び方」(MOKU出版,2000年8月刊行)をもとに改題
一言紹介 本書は,お二人とも学長であった2000年の対談を挟み,まえがき(日高),「『数式にならない』からおもしろい−生物学」(日高),あとがき(阿部)からなり,元東京外国語大学長の亀山郁夫氏が解説を執筆.対談では,学問のことや大学のことが,縦横無尽に論じられる.論点の一つは理系と文系という区別.阿部氏の主張は「人文科学と自然科学,文化と理科という区別は,明治政府が政策として設けたものであるが,これは非常に大きな間違いである」(50ページ),「やはり学問の根本にあるのは,自然科学も人文社会科学も含めて人間ですよね.『人間の研究』ということになるわけで」(76ページ),「物理学でも化学でも生物学でも,みんな人間の研究なのだとぼくは思いますね」(同),などなど.最後に,「その道は遠いが自然科学と人文社会科学の統合を目指して努力したいと思っている」(175ページ)と述べる.私もまったく同感.
(2014年4月)

072
著者 沖 大幹(おき たいかん:東京大学教授,水文学)
書名 東大教授
出版社等 新潮社,新潮新書560,2014年3月20日,206ページ
一言紹介 3月22日の新聞でこの本の広告を見て,あの沖さんが東大教授の「暴露本」を書いたのだとびっくり(広告だけを見た感想).沖さんは我が国の土木工学系水文学(すいもんがく)の若手のホープ.研究に,そして国内外の政策決定に関する委員会に引っ張りだこで,八面六臂の大活躍をされている.沖さんは最終章の中で,この本を執筆した3つの動機を挙げている.要約すれば,@学問に対する自分の思いや姿勢をこの世に残しておくため,A優秀な若者に東大教授を目指してもらいたいため,そしてB東大教授への信頼感を取り戻したいために,なのだそうだ.多様性に満ちた東大「教授」の生態を知るには絶好の本.
(2014年3月)

071
著者 角野 栄子(かどの えいこ:童話作家,エッセイスト)
書名 魔女の宅急便
出版社等 KADOKAWA,角川文庫(か61-1),2013年4月25日,241ページ,1985年福音館書店より刊行,2002年福音館文庫に収録
一言紹介 魔女キキと黒猫ジジの冒険の物語.この作品は1989年に宮崎駿監督のスタジオジブリでアニメ化された.このアニメ,私にとって宮崎作品の中で3本の指に入るくらい好きな作品.今年,実写版映画が公開された.この本は全6冊シリーズの1冊目で,13歳になったキキがジジとともに,お父さんのオキノさんと魔女のお母さんのコキリさんのもとを離れ,コリコの町で宅急便屋さんを開業して過ごした1年間の出来事を描いたもの.ほのぼのとして懐かしい気分になりますね.ところで,シリーズ最終巻である6冊目は,この本が書かれてから24年経った2009年10月に刊行されたという.
(2014年3月)

070
著者 外山 滋比古(とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 思考力
出版社等 さくら舎,2013年8月6日,180ページ
一言紹介 思考力についてのエッセイ風の書き下ろし論考.大事なのは知識ではなく,考えることであり,知識のみ吸収することは,むしろ,思考力を高めることを妨げる,と断ずる.「『教養』ということばに釣られて高等教育を受けると,なんとなく人間性が高まったような気がするが,役に立たない知識が増えるだけで,人間力的にはむしろ低下していく」(21ページ)とか,「いま東京大学や京都大学では,外国から優秀な留学生を招くとか,そのために入学時期を九月に変更するとかいっているが,そんなことより,まずは小学校の四,五年のところで,理科をしっかり教えることを考えるべきだろう」(69ページ)と述べる.今年で御年91歳になる外山先生であるが,まだまだ意気軒昂であり,この本でも外山節炸裂.
(2014年3月)

069
著者 日本航空編/日本航空「AGORA」編集部編
書名 機長たちのコックピット日記/機長たちのコックピット日記002便
出版社等 朝日新聞出版,朝日文庫,2011年2月28日/2912年4月30日,217/217ページ,双方ともJALグループ会員誌「AGORA」に連載されたエッセイの改題・加筆修正版と,新たに書き下ろしたものを追加
一言紹介 私は結構飛行機が好きなのであるが,我が連れ合いは大嫌いで,国内なら出来るだけ地上を這って行こうとする.閑話休題.さて,紹介した2冊の本は,日本航空(JAL)のパイロットたちによるエッセイを集めたもの.コックピットにいるパイロットたちが,何のために何をしているのか,意外な面が紹介される.ところで,航続距離の短い飛行機をどのようにして日本に運ぶのか,考えてもみなかったけれど,確かにどうするのですかね.答えはボーイング社のあるシアトルから,転々と島々を渡り2泊4日かけて日本に運ぶのだそうだ(“新品”旅客機の受領フライト,2冊目の最後のエッセイ).
(2014年2月)

068
著者 トム・クランシー/マーク・グリーニー(Tom Clancy/Mark Greaney :小説家),田村源二訳
書名 米中開戦@/A/B/C
出版社等 新潮社,新潮文庫(ク-28-53/54/55/56),2014年1月1日(@,A)/2月1日(B,C),321/308/311/335ページ
一言紹介 トム・クランシーによるジャック・ライアン<ザ・キャンパス>シリーズの第四弾.ザ・キャンパスは,再び米国大統領となったライアンの息子ライアンJr.が所属する組織.中国は高い経済成長を維持できず,軍は東シナ海や台湾の支配に乗り出す.米中開戦か?中国軍の裏で暗躍する「センター」に率いられたハッカー達.ライアンJr.と仲間は,この野望を阻止する為に活動する.この小説,実際にいつ起こってもおかしくない内容.ところで,2013年10月1日にクランシーが急死したとのニュースが日本の新聞にも掲載された.その後 12月3日に米国で遺作が出版されたとのことだが,これでもう読めなくなるかと思うと,とても残念.
(2014年2月)

067
著者 鷲田 小彌太(わしだ こやた:元札幌大学教授,哲学・倫理学者)
書名 シニアの読書生活
出版社等 文芸社,文芸社文庫,2013年12月15日,227ページ,2008年11月にエムジー・コーポレーションから刊行された同名の単行本に加筆・修正し,文庫化
一言紹介 全編これ読書礼賛の書.ちなみに,序章の中の四つの節の題名は以下の通り.「1 本とは何か? 人間である」,「2 なぜ本を読むのか? 本があるからだ」,「3 本は読めば読むほど必要になる」,「4 読書の敵は『読書』だ,と知るべし」.その他にも,「読書する人の顔は美しい」,「一生幸せになりたかったら,読書がある」とある.本書の最後は著者の理想の図書館に収める100冊の本が挙げられている.私が読んだ本を数えていたら,たった数冊だけ.これはいったい何を意味するのだろうか?
(2014年2月)

066
著者 天野 祐吉(あまの ゆうきち:編集者,コラムニスト:故人,1933-2013)
書名 天野祐吉のCM天気図傑作選 経済大国から「別品」の国へ
出版社等 朝日新聞出版,2013年12月30日,335ページ
一言紹介 昨年(2013年10月20日)亡くなった天野さんの朝日新聞名物コラム「私のCMウオッチング」(1984年4月から1990年6月)と,「CM天気図」(1990年7月から2013年10月まで)から選ばれた152編が掲載されている.扱っている題材はCMであるが,その主張は立派な社会批評・文明批評である.そこには,いつも温かい眼で人と社会を見ている天野さんがいる.30年間に亘るこの二つのシリーズで,ざっと見積もっても1500編余の作品があるはず.今回はその10分の一のみの掲載.是非.全作品を刊行して欲しいものだ.
(2014年1月)

065
著者 三谷 幸喜(みつたに こうき:脚本家,エッセイスト)
書名 清須会議
出版社等 幻冬舎,幻冬舎文庫(み-1-5),2013年7月25日,300ページ,単行本は2012年6月同社より発行
一言紹介 明智光秀は「本能寺の変」で小田信長を倒すも,すぐ様「中国大返し」を果たした秀吉に打たれてしまう.そして信長の後継者を決めるために開催されたのがこの「清須会議」.この小説は,大ヒットした三谷監督の映画「清須会議」の原作.脚本かのように,ほぼ映画に忠実だが,会議の合間に行った勝家派と秀吉派の二手に分かれた“競争”の場面は全く異なる.映画では砂浜での徒競争であったが,小説ではイノシシ狩り競争であった.イノシシ狩り競争の方が面白く,また,絵にもなると思うのだが,映画では徒競争となった.恐らくイノシシのコントロールが難しすぎたからでしょうね.
(2014年1月) 

064
著者 マイケル・サンデル(Michael J. Sandel:ハーバード大学教授,政治哲学者)
書名 ハーバード白熱教室 世界の人たちと正義の話をしよう+東北大学特別授業
出版社等 早川書房,2013年12月28日,219ページ
一言紹介 サンデル教授の白熱教室シリーズの最新本.東北大学を除く中国,インド,ブラジル,韓国の授業風景は,NHK BS1では2013年12月28日に,Eテレでは年明けの1月3日に放映された.どこも数百名以上(本学は1100名),韓国では実に1万4千名を超えるという多くの参加者を前に,議論を整理して論点を定め,意見の異なる参加者間で論争させるサンデル教授の対話(ディベート)型授業技術は,さすがである.ただ,テーマを決めているとはいえ,議論には色々な論点,様々な観点があると思うのだが,すべてを「数直線(一本の軸)」上の右と左に分けた議論に集約してしまうのは,いささか強引で単純化過ぎると思うのだが.皆さんのご意見は如何に.
(2014年1月)

063
著者 今野 浩(こんの ひろし:東京工業大学名誉教授)
書名 ヒラノ教授の論文必勝法 教科書で教えてくれない裏事情
出版社等 中央公論新社,中公新書ラクレ480,2013年12月10日,219ページ
一言紹介 「工学部の語り部」,今野先生による論文執筆のハウツウ本.とは言え,論文を書く際の作文技術ではなく,どのような研究テーマを選び,どのような雑誌に投稿すればよいのか,査読者との対応はどうすればよいのかなど,作文技術以外の様々なテクニックを伝授する目的で書かれた本である.必勝法1「グローバル化した研究環境のもとでの論文書きには,作文技術以外にもさまざまなノウハウが必要である」に始まり,必勝法36「少子化の時代の今,理工系大学が国際的なステータスを維持するうえで,女性研究者の活躍に期待が高まっている」まで,論文を手際よく,数多く出版するための戦略と戦術が述べられている.えげつないけど,まあ,いいか.
(2013年12月)

062
著者 天野 祐吉(あまの ゆうきち:コラムニスト,広告批評家)
書名 成長から成熟へ
出版社等 集英社,集英社新書0713A,2013年11月20日,217ページ
一言紹介 今年(2013年)10月20日に80歳で亡くなられた天野さんの遺作.現代社会に対する天野さんの「違和感」が綴られる.今や20世紀文明はぼろぼろに壊れており,経済成長なんかにしがみついているときではないとする.日本は,経済力や軍事力で競い合う国ではなく,文化力を大事にする「別品」の国を目指すべきだと断ずる.「別品」とは,通常のモノサシでは測れない,個性的で優れているものを指す.亡くなったことが報道された10月21日,我が連れ合いから,天野さんが亡くなったとのメールが携帯電話に入った.二人とも,身内のような,かけがえのない人を失ったと感じたのであった.
(2013年12月)

061
著者 内館 牧子(うちだて まきこ:脚本家)
書名 カネを積まれても使いたくない日本語
出版社等 朝日新聞出版,朝日新書413,2013年7月30日,293ページ
一言紹介 なんと,「ヤバイ」の丁寧語が使われ始めたのだそうだ.「さようですか.それは『やぼう』ございました」と(73ページ,『』は筆者が付けた).内館さんはテレビやラジオで見聞きする日本語に唖然,そして憤然としていている.そのような数々の言葉がこの本にまとめられた.それらは,「〜させて頂く」などの「過剰なへり下り」(第二章),「〜かな」などを付ける「断定回避の言葉」(第三章),あいづちとして使う「ですよね〜」などの「ヘンな言葉」(第4章),そして「誰が悪いのか」(第五章)と嘆きたくなる言葉群,に分けられた.「させて頂く」は,本学野家啓一先生によれば,能動態でも受動態でもない中間的な表現であり,古代ギリシャ語では「中動態」と呼ばれていたのだそうだ(37ページ).
(2013年12月)

060
著者 増井 元(ますい はじめ:元辞典編集者,岩波書店で辞書作成に携わり,同社取締役を経て2008年に退社)
書名 辞書の仕事
出版社等 岩波書店,岩波新書1452,2013年10月18日,221ページ
一言紹介 「岩波国語辞典」や「広辞苑」などの辞書作りに長年携わってきた著者ならではの,辞書作成にまつわる話やエピソードが楽しめる.とにもかくにも,この方の姿勢は言葉に対しても,何に対しても,とても謙虚.例えば,「(略)忘れてはならない基本的な姿勢は,辞典(事典)が社会の言葉をリードするのではない,辞典は世間のことばの後からついてゆくのだということです」(108ページ).ところで,「ことばの専門家は概してことばの変化に寛容」であり(38ページ),「近頃の日本語は乱れている,などという声は,必ず専門家でないところから発せられます」なのだそうだ(38ページ).
(2013年11月)

059
著者 日本エッセイスト・クラブ編
書名 散歩とカツ丼 ‘10年版ベスト・エッセイ集
出版社等 文藝春秋,文春文庫,2013年10月10日,261ページ,単行本は2010年8月,同社刊
一言紹介 今年も待ちに待ったこの本と出会えた.手にとってびっくりしたのだが,昨年亡くなられた北海道大学名誉教授の青田さんのエッセイ「オホーツク流氷祈願祭」が掲載されている(100-105ページ).青田さんのエッセイがこのシリーズに選ばれたのは.これで3回目.漁師にとって邪魔以外の何物でもなかった流氷が,青田さんたちの研究で恵みをもたらす存在だと分かり,さらに流氷観光が軌道に乗り,今や早期の流氷の到来を願うまでになったことが綴られている.良質のエッセイ満載(今回は51篇)のこのシリーズであるが,来年(2014年)出版される2011年版が最後だという.とても残念なことである.
(2013年11月)

058
著者 塩野 七生(しおの ななみ:イタリア在住の作家)
書名 日本人へ 危機からの脱出篇
出版社等 文藝春秋,文春新書938,2013年10月20日,253ページ,文藝春秋2010年5月号〜13年10月号掲載
一言紹介 月刊誌文藝春秋に掲載した論考をまとめた「日本人へ」シリーズの,「リーダー篇」,「国家と歴史篇」に次ぐ3冊目.相も変わらず「塩野節」が小気味よい.執筆期間中、日本では二回の国政選挙があった.2010年7月の参議院選挙では民主党の圧勝を願う(民主党の圧勝を望む,17ページ).一方,2012年12月の衆議院選挙では「味な選択」(202ページ)をした,と評価する.その心は,持続するリーダー(安定した政権)の登場を願っているからだ.その前6年も続いた1年も持たないリーダーでは,海外の国々は誰がなろうとそのうちまた変わるのでは,と相手にしないのは当然だとする.そして.日本の「決められない政治」は,民意(少数意見)を尊重しすぎているからだという.著者は,民主政治が衆愚政治に陥らないことを願っているのだが,なんと冷徹な目で見ていることか.
(2013年11月)

057
著者 山口 果林(やまぐち かりん:女優)
書名 安部公房とわたし
出版社等 講談社,2013年8月1日,253ページ
一言紹介 華麗で着色されているような三島由紀夫の文章に比べ,安部公房の文章は何と無機質のサラサラとした砂のようなものなのだろうか.私は学生時代に彼の小説や劇に出会い, 1972年から73年にかけて出た「安部公房全作品」(15巻)も購入し,貪り読んだ.た.さて,当時から著者と安部公房の関係は良く知られていたのではなかったろうか.この本は,安部公房(1924-93)の死後20年目にして二人の関係を赤裸々に綴ったもの.生前中の安部公房は,思想信条は違っても三島由紀夫との何度もの対話は最高だったと話していた(37ページ),とは驚きであった.
(2013年10月)

056
著者 山村 宏樹(やまむら ひろき:野球解説者,2012年まで楽天イーグルスの投手)
書名 楽天イーグルス 優勝への3251日−球団創設,震災,田中の大記録…苦難と栄光の日々
出版社等 KADOKAWA,角川SSC新書198,2013年10月25日,173ページ
一言紹介 昨年まで楽天の投手であった著者による,球団創設から優勝までの足跡.著者は,歴代の4人の監督も含め,楽天に関わったすべての人をポジティブに捉え,誰一人として非難することはない.本書は徹頭徹尾,楽天賛歌の内容であり,多くの裏話が楽しめる.ところで,震災後に行った嶋選手の名スピーチであるが,2011年7月24日に予定を変更してKスタで行ったオールスター第3戦の試合前にも行っており,4月2日そして29日と合わせ,計3回あることを知った.
(2013年10月)

055
著者 阿川 佐和子(あがわ さわこ:タレント,作家)
書名 聞く力 心をひらく35のヒント
出版社等 文藝春秋,文春新書841,2012年1月20日,253ページ
一言紹介 本書は昨年,そして今年上半期のベストセラー.私が購入したのは2013年7月10日発行の第40刷のもので,既に140万部売れたという.著者のインタビュー歴は長く,現在も続いている週刊文春の対談は1993年5月に始まったものだそうだ.題名からも,そして実際中身もハウツ―本仕立てであるが,読者みんなが「聞く力」を得たくて本書を読んでいるのだろうか.阿川さんの軽妙なる筆致の文章で,これまでの彼女の失敗談を楽しんでいるのではなかろうか.毎週土曜の朝,7時30分からTBS系列で放送している「サワコの朝」は,私の楽しみな番組の一つである.
(2013年10月)

054  
著者 鈴木 厚人(すずき あつと:高エネルギー加速器研究機構・機構長,物理学者,東北大学名誉教授/元理学部長・理学研究科長/副学長)
書名 ニュートリノでわかる宇宙・素粒子の謎
出版社等 集英社,集英社新書0707G,2013年9月18日,206ページ
一言紹介 東京大学のカミオカンデとスーパーカミオカンデ,カミオカンデを改造した東北大学のカムランドの,神岡三代の実験施設の建設に関わり,日本の,いや世界のニュートリノ研究を牽引してきた鈴木先生による解説書.ニュートリノ研究を話の中心に据え,素粒子物理学全体の研究の歴史と将来展望が,わかりやすく解説されている.鈴木先生は将来,宇宙誕生から0.1秒後の情報を持っている宇宙背景ニュートリノを検出することが夢だという.是非実現してもらいたいものだ.
(2013年9月)

053  
著者 沢木 耕太郎(さわき こうたろう:ルポライター・作家)
書名 あなたがいる場所
出版社等 新潮社,新潮文庫(さ-7-19),2013年9月1日,290ページ,単行本は2011年3月,同社よリ刊行
一言紹介 年末が近づき,その年に亡くなった妻が毎年行っていた息子に送る下着などの衣服類を準備し始める.ふと思いつき,息子が子どものころお気に入りのサンタの絵本も購入する.荷物の宛先は仙台市若林区古城.そう息子は刑務所の中である.育て方が悪かったのかと自問するものの,確かに子どもからかけがえのない幸福を与えられたと自分を納得させる.この「クリスマス・プレゼント」を含む9つの作品が収められている,ルポライター沢木さんによる初の短編小説集.どの作品も,ありえそうな日常の出来事が淡々と綴られている.角田光代さんはその解説で,全作品に流れるテーマは決断と喝破する.何とも不思議な味わいの短編集である.
(2013年9月)

052  
著者 安孫子 薫:(あびこ かおる:チャックスファミリー代表,元東京ディズニーランド(TDL)運営部長)
書名 ディズニーの魔法のおそうじ
出版社等 小学館,小学館101新書165,2013年6月8日,235ページ
一言紹介 「ディズニーのおそうじはゲストの安全のために行われ」(5ページ),「ハピネスの提供と安全の確保」(7ページ)にある,と元TDLのカストーディアル(清掃部門)部長は主張する.「パークは『夢の国』です.そこは現実ではなく,完璧に演出された非日常の世界である必要があります.(略)もしそこから,裏側の様子,現実世界が見えてしまったら,こんなに興ざめなことはありません.(略)パークの外側の景色に関しても極力見えないように工夫しています」(134-135ページ).確かにそう,もろ手を挙げて同意.だいぶ前に訪問した大阪のライバルテーマパークでは,しっかり外側の景色,湾岸の高速道路が見えていた.これにはがっかり,いけませんね.
(2013年9月)

051  
著者 村山 斉・聞き手 高橋 真理子(むらやま ひとし・たかはし まりこ:東京大学教授・朝日新聞編集委員)
書名 村山さん,宇宙はどこまでわかったんですか? ビッグバンからヒッグス粒子へ
出版社等 朝日新聞出版,朝日新書400,2013年4月30日,238ページ
一言紹介 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)の機構長村山さんと,東京大学理学部物理学科を卒業している朝日新聞編集委員の高橋さんとの対談集.2012年7月,セルンはヒッグス粒子を発見したと記者会見.これを題材として,その発見の意味から,宇宙の最新の理解まで話が及ぶ.この粒子がスピンを持たないことを,「のっぺらぼう」と表現するなど,難しい概念をわかりやすく説明する能力は,村山さん,さすがです.村山さんは,「科学者というと,たぶん一般の人のイメージだと,どっちかというと傲慢で,何もかもわかっているんだという人たちだと思っていると思うんですけど,まったく逆で,事実に直面したときに降参しましたという勇気がある人たちじゃないといけない」(150ページ)と述べる.その通りですよね.
(2013年8月)

050  
著者 竹内 一郎(たけうち いちろう:劇作家・演出家・漫画原作家)
書名 やっぱり見た目が9割
出版社等 新潮社,新潮新書529,2013年7月20日,207ページ
一言紹介 本書は,ベストセラー「人は見た目が9割」の続編.「言語情報」以外の情報を「見た目(非言語情報)」と呼び,この重要性を再び説く.著者は,「見た目」とは容姿だけのことではなく,「身体,表情,動作,色,音,匂い等々……すべてが『見た目』」と捉える(9ページ).そして,長年,演出家をしている経験から,この見た目を意識的に変えることができると主張する.さらに,「見た目について学ぶことは,自分を見直すことにもなり,コミュニケーションの能力を向上させる」と断言する(67ページ).そしてこの本の最後を,「私の見た目は私の責任である」なる文で閉じる(207ページ).
(2013年8月)

049  
著者 今野 浩(こんの ひろし:東京工業大学・名誉教授)
書名 工学部ヒラノ教授のアメリカ武者修行
出版社等 新潮社,2013年5月15日,204ページ
一言紹介 「工学部ヒラノ教授」シリーズの最新の一冊.表題通り,著者が過ごしたアメリカの大学の実情紹介.著者は(AAA級の)スタンフォード大学で学位を取得後,筑波大学に奉職している間,再びアメリカのパデュー大学で教鞭をとることになる.本書は同大学の(B級と見なしている)ビジネス・スクールで客員准教授として過ごした経験をもとに,周辺の研究者が詳細に描かれる.その結論は,アメリカでは,「大学はビジネス(儲け商売)」である.このシリーズ,もっと続くに違いない.著者は大学の実態を赤裸々に紹介する「語り部」になりそうだ.
(2013年8月)

048  
著者 立川 談慶(たてかわ だんけい:落語家)
書名 大事なことはすべて立川談志(ししょう)に教わった
出版社等 KKベストセラーズ,2013年7月25日,222ページ
一言紹介 立川談志師匠が2011年11月に亡くなってから,もう1年半以上も経つ.著者は慶應大学卒業後,ワコールに入社するも3年後,一念発起して18番目の弟子として立川流に入門する.立川ワコールの名前をもらって前座修業.生来の不器用がたたり,後輩にも追い抜かれて,記録的に長い9年半もかかってようやく試験に合格し,二つ目に昇進.談慶と改名し,4年後,真打試験に無事合格する.立川流の試験では,歌舞音曲が重要.さて,この本では,談志師匠の無茶ぶりと,それに応える著者の対応が活写される.談志師匠の無理難題は計算されつくされたものか,それとも….
(2013年7月)

047  
著者 増田 俊也(ますだ としなり:小説家)
書名 七帝柔道記(ななていじゅうどうき)
出版社等 角川書店,2013年2月28日,580ページ,「月刊秘伝」,2008年1月号〜2010年10月号に連載
一言紹介 私が,立ち技主体の講道館柔道と一線を画す「寝技柔道」があることを知ったのは,今年(2013年)に入ってのことである.これを七帝柔道と呼び,現在は七大戦(ななだいせん)がその主戦場であるという.そのような中,この本と出合った.著者は,七帝柔道をやるため,1986年,二浪して北海道大学に入学する.そこに待っていたのは,すべてに練習が優先する毎日であった.当時,北大柔道部の栄光の時期は過ぎ去っており,部員は減少し,七大戦も最下位と低迷していた.なんとかこの状態から脱却しようと猛練習を積むのだが….イヤー,その凄まじい練習,あっけにとられました.選手にも,抜き役や分け役があることも初めて知りました.ところで,今年の七大戦の柔道は,本学の優勝.この優勝の裏には,この本で記されたような,もの凄い練習があったのでしょうね,きっと.聞いてみたいものです.
(2013年7月)

046  
著者 小平 邦彦(こだいら くにひこ:数学者)
書名 怠け数学者の記
出版社等 岩波書店,岩波現代文庫(社会19),2000年8月17日,315ページ,単行本は1986年5月に同書店から刊行,本文庫は新編集版
一言紹介 我が国初のフィールズ賞受賞者.著者戦時中の仕事が認められ,1949年,米国プリンストン大学に招待される.当初1年間の留学に予定あったのだが,結局18年間過ごして1977年に帰国する.この本は,数学教育に関する論考,講演・対談記録,プリンストン大学時代の奥様への手紙などから構成されている.「数学とは自然現象の中の数学的現象を研究する学問」であるという.そして,「数学を理解するということは数学的現象を『見る』こと」に他ならず,見るのであるから,ある種の感覚がそこにはあるはずで,これを「数覚」と表現した.数学者は誰でも鋭い数覚を持っているという.さて,小平先生は,後にノーベル物理学賞を受賞される朝永先生と一緒に渡米する.当時の朝永先生の様子も奥様への手紙に書かれている.朝永先生は米国の食事に合わず,早く日本へ帰りたいとホームシックにかかっていたとは,微笑ましいものです.
(2013年7月)

045  
著者 最相 葉月(さいしょう はづき:ルポライター,フリー編集者)
書名 東京大学応援部物語
出版社等 新潮社,新潮文庫8344,2007年11月1日,213ページ,単行本は2003年9月,集英社より刊行
一言紹介 2002年の一年間にわたる東京大学運動会応援部の,東京六大学野球大会での応援を中心としたポルタージュ.東大硬式野球部は,六大学の中では最下位が定位置.時には一勝もできない大会もあり,勝ちゲームを期待することは奇跡に近い.このような状況下でも応援部は,応援することで勝ちを呼び込もうと必死となる.さて,応援部の個々人にとって応援とは何か.部員の数だけ回答があるのではないかという.読後の私は,大学での応援部は,「母の子に対する愛情のように,所属している組織で活動している人たちへの『無償の愛』,すなわち『見返りを少しも期待していない愛情』の発露」ではないかと思ったのですが,皆さんは如何でしょう.
(2013年6月)

044  
著者 外山 滋比古 (とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 失敗談
出版社等 東京書籍株式会社,2013年5月14日,189ページ,書下ろしエッセイ集
一言紹介 今年90歳になる著者が,自身の失敗を振り返り,その経験の意義を述べたエッセイ集.著者は2度にわたる大学受験の失敗を始め,数多くの失敗を繰り返したと振り返る.しかし,いずれもがその後の自身の成長の糧となったと総括する.著者は旧制中学時代,軍事教練で号令をかける模擬小隊長役が回ってきた.さて訓練が佳境に入った時,突然笑いがこみ上げてしまい,訓練は台なしとなる.これがトラウマとなり,その後著者は「長」と付く立場から一切逃げ回っていたとのこと.ともあれ,著者のポジティブ・シンキング,大いに参考になり,元気が出ます.
(2013年6月)

043  
著者 飯間 浩明(いいま ひろあき:辞書編纂員,日本語学)
書名 辞書を編む
出版社等 光文社,光文社新書635,2013年4月20日,268ページ
一言紹介 著者は通称「三国」(さんこく:三省堂国語辞典)の編纂委員.今まさに2013年末に出版が予定されている第7版の改定作業が進行中.辞書を作る(編纂)過程が詳しく紹介される.編集方針の策定,用例採集,取捨選択,語釈,手入れを経て完成する.ところで,辞書の立場には「規範主義」と「実例主義」があるという.前者は従来の正しい言葉や用語法を載せ,辞書が正しい言葉使いを先導すべきとする立場.後者は,言葉は生き物であることを認め,今そこにある日本語を載せるべきとする立場.前者が社会の「鑑」ならば,後者は「鏡」.ちなみに「三国」は後者の立場なのだそうだ.
(2013年6月)

042  
著者 池上 彰(いけがみ あきら:フリージャーナリスト)
書名 学び続ける力
出版社等 講談社,講談社現代新書2188,2013年1月20日,184ページ
一言紹介 著者はNHK報道記者を経て,「週刊こどもニュース」のお父さん役を1994年から11年間務める.2005年からフリーとなり,2012年4月に東京工業大学のリベラルアーツセンターの教授に就任.池上さんにとっての教養とは何かの回答が本書.「すぐに役に立つことはすぐに役に立たなくなる」,「すぐには役に立たないこと」を学んでおけば「ずっと役に立つ」(7ページ).大学で教養を学ぶということは,「自分の存在が社会の中でどんな意味を持つのか,客観視できる力を身につけること」である(181ページ).読書の楽しさも強調しているなど,私も著者の主張には大いに同意する.
(2013年5月)

041  
著者 宮田 由紀夫(みやた ゆきお:関西学院大学・教授,経済学)
書名 米国キャンパス「拝金」報告−これは日本のモデルなのか?
出版社等 中央公論新社,中公新書ラクレ413,2012年3月10日,326ページ
一言紹介 表題通り,米国大学の「拝金」主義ぶりを,様々な観点から描写する.著者の結論は,「(略)本書で取り上げたアメリカでの事例はすべて,日本の大学についてあてはまる.アメリカの大学は,経済原理を本来取り入れるべきでない大学の世界にそれを導入することで,弊害ばかり生じているのだから,我が国にとって目標と言うより反面教師と見るべきである」(318ページ)である.とても小気味良い結論.では,日本の大学のあるべき姿は?それが問題なのです.
(2013年5月)

040  
著者 斎藤 兆史(さいとう よしふみ:東京大学大学院教育学研究科・教授,英学・英語教育学,翻訳家)
書名 教養の力 東大駒場で学ぶこと
出版社等 集英社,集英社新書0685B,2013年4月22日,183ページ
一言紹介 著者は,他大学や他学部も経験しているが,長年東京大学大学院総合文化研究科・教養学部で教鞭を取った.その経験をもとに,教養とは何かを論ずる.著者は教養には三つの側面があるという.学問や知識としての側面,自ら何かを身につけることや修得するという側面,心の豊かさや人間的品格という側面.「(略)前世紀末の全国的な教養潰しの動きの中でも東大が教養教育を堅持し,その牙城としての機能を立派に果たしてきたことは間違いない」(あとがき,175ページ)と,東京大学教養学部の取り組みを高く評価する.ところで著者は,「日本語と英語の言語的な差異を考えた場合,日本人にとって英語はきわめて習得の難しい言語である」(82ページ)と断言する.これは著者の持論とのこと.
(2013年5月)

039  
著者 太田 直子(おおた なおこ:映画字幕翻訳者)
書名 字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記
出版社等 岩波書店,2013年4月16日,165ページ
一言紹介 「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」(光文社新書,2007年)の著者,太田さんの2冊目の書下ろしエッセイ集.プロローグでは字幕屋になる道が述べられ,I部では映画字幕ができる過程が紹介される.II部では先のエッセイに続き現在の「ニホンゴ」が論じられ,エピローグでは著者の歩んできた道が記される.字幕作成も実に大変な仕事,まさに職人芸.ところで,「字幕も近年,経済至上主義と不況のあおりで危機に瀕している.教養や知性の劣化がそれに拍車をかけているとも言われている.漢字が読めない,文脈が読めない,吹き替え版ばかりに観客が集まる,字幕文化はどうなってしまうのだ(略)」(あとがき,163ページ)そうだ.
(2013年4月)

038  
著者 斎藤 美奈子(さいとう みなこ:作家,文芸評論家)
書名 名作うしろ読み
出版社等 中央公論社,2013年1月25日,297ページ,初出は2009年4月から2011年12月までの読売新聞
一言紹介 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」を始め,最初の一文が良く知られた小説がある.しかしどうだろう,最後の一文はどれだけ知られているのか.本書は,そんな最後の一文を手掛かりに,名作132編を論ずる.「だから清の墓は小日向の養源寺にある」は,夏目漱石「坊ちゃん」の最後の一文.著者は,この最後の一文から,「『おれ』にとってのマドンナは清だった.だから小説は松山ではなく,東京の墓の話で終わるのである」とする.最初の一文と同様,最後の一文は,小説を読み解く最大の情報源だとの主張は,なるほどである.
(2013年4月)

037  
著者 村上 陽一郎(むらかみ よういちろう:科学哲学者)
書名 人間にとって科学とは何か
出版社等 新潮社,新潮選書,2010年6月25日,206ページ
一言紹介 題名を主題に口述筆記でまとめられた本.旧来の「知識の進歩のための科学」(プロトタイプの科学)に加え,「平和実現のための科学」,「持続的発展のための科学」,そして「社会のための,そして社会の中の科学」(ネオタイプの科学)がますます重要になっていると主張.現代社会における科学の位置を論じ,科学リテラシーの重要さを訴える.その結果として,大学の学部教育は教養教育に徹する時代に入ったと分析する.皆さんに是非手にとってもらいたい本.
(2013年4月)

036  
著者 井上 ひさし(いのうえ ひさし:作家,1934-2010)
書名 巷談辞典(こうだんじてん)
出版社等 河出書房新社,河出文庫,2013年2月10日,459ページ,初出は「夕刊フジ」,1974年12月10日から1975年4月18日まで.単行本は同名で文藝春秋社から1981年3月に出版,1984年12月には文春文庫で出版
一言紹介 約4か月間,休刊日以外毎日連載したエッセイ110篇を収録.題名は,「前途遼遠」,「奇矯浮薄」,「求人求職」など,すべて漢字4文字(4字成句).エッセイの分量は1400字.よくこれだけの分量を毎日書けるものです.各エッセイに山藤章二さんの絶妙の挿画が付いており,これも皆傑作ぞろい.著者40歳のときの作品で,第1次石油ショックなど,当時の出来事,政治,世相なども取り上げられている.改めて井上さんの言葉遊びの凄さ,言葉に対する感性の鋭さにびっくりしました.
(2013年3月)

035  
著者 高島 俊男(たかしま としお:中国文学者)
書名 漢字雑談
出版社等 講談社,講談社現代新書(2200),2013年3月20日,260ページ,初出は講談社のPR誌「本」,2010年4月号から2012年11月号に連載
一言紹介 高島さんの名物エッセイ集,「お言葉ですが」と同じスタンスの,漢字に関するエッセイ集.この本も高島さんの蘊蓄が満載.「成語は,昔からある,きまった言い方の語」で,ほとんどが4字からなり,約4万条はあるそうだ.日本では「ちょっと学のありそうな,格好をつけた感じ」だが,中国では普通に誰もが、日常的に使う表現とのこと.ところで、「無意味な重複」の意味で使われる「屋上に屋を架す(屋上架屋)」は,本来「屋下に屋を架す(屋下架屋)」だったのだそうだ.それが日本で1940年代後半から「屋上架屋」になり,1970年代には中国に伝わって,現在では中国でも「屋上架屋」が使われているとのこと.言葉は本当に生き物です.
(2013年3月)

034
著者  丸谷 才一(まるや さいいち:作家,文芸評論家,1925-2012)
書名 無地のネクタイ
出版社等 岩波書店,2013年2月15日,185ページ,同書店の広報誌「図書」に連載された「バオバブに書く」(2003年から2004年)と,「無地のネクタイ」(2010年から2012年)に掲載された計35篇のエッセイを所収,巻末に池澤夏樹さんの解説
一言紹介 昨年(2012年)亡くなられた丸谷才一さんの最新エッセイ集.「図書」に掲載されたエッセイだけあって,言葉,敬語,文体,文章,批評などを題材にしたものが多く、他のエッセイ集とは少し違った雰囲気.丸谷さん,(株)や(財)なる簡略表記は大嫌いなのだそうだ(表記論,68-72ページ).まず,字面が汚くてみっともないうえ,株式会社であろうがなかろうが,普通はどうでもいいことでしょう,とのこと.確かにそう,私もこの欄でこの表記を使っていましたが,止めることにしました.
(2013年3月)

033  
著者 高世 えり子(たかせ えりこ:漫画家)
書名 理系クン
出版社等 文藝春秋,文春文庫,2013年2月10日,180ページ,単行本は2008年8月,同社から出版
一言紹介 出会いから7年後に結婚した著者の連れ合い「N島クン」との出会い(サークル勧誘)から,結婚(プロポーズ)に至るまでのエピソードを,6編に分けて面白,おかしく漫画で紹介.文系女子からみた理系男子の特徴と生態を,事細かに分析.単行本出版後,「そうそう! あるある!!」という同感派と,「えー!? ありえない(笑)」という驚愕派の,真二つに分かれた反応があったという.さて,あなたはどっち.でも,私も「理系」ですが,「N島クン」とはかなり違いますよ.なお,単行本では既に,「理系クン 結婚できるかな?」と「理系クン 夫婦できるかな?」の二つの続編が出版されている.
(2013年2月)

032  
著者 小出 裕章・佐高 信(こいで ひろあき・さたか まこと:京都大学原子炉研究所助教・経済評論家)
書名 原発と日本人−自分を売らない思想
出版社等 角川学芸出版,角川ネオテーマ21(A164),2012年12月10日,214ページ
一言紹介 原発絶対反対の立場を取る二人の対談集.国民には(国の原子力政策に)「再び騙されない責任」があるとの文脈で,映画監督であった伊丹万作(1900〜1946:映画監督故伊丹十三の父親)による「戦争責任者の問題」(映画春秋,創刊号,1946年8月)が,全文引用されている(135〜149ページ).私はこの文章の存在をまったく知らなかったが,とても素晴らしい.是非,ご一読を.小出氏は本学工学研究科原子核工学専攻の出身.
(2013年2月)

031  
著者 ダニエル タメット(Daniel Tammet:教育家),訳 古屋 美登里(ふるや みどり:翻訳家)
書名 ぼくには数字が風景に見える
出版社等 講談社,2007年6月11日,270ページ
一言紹介 アスペルガー症候群であり,サヴァン症候群(特定のものに異常なほど記憶能力がある:ダスティン・ホフマン演じたレインマンがそう)である1971年生まれの著者が,自分の歩んできた道を振り返った伝記.彼にとって,数字が色や形と結び付くのだという(共感覚).2004年,慈善団体の寄付金集めの目的で円周率を2万桁以上暗記し,世界新記録を樹立.一躍著名人となった.その後テレビドキュメンタリー「ブレインマン」が制作され,世界中で放映された.私は残念ながらこの番組を見ていない.
(2013年2月)

030  
著者 和田 竜(わだ りょう:作家)
書名 のぼうの城 上/下
出版社等 (株)小学館,小学館文庫,2010年10月11日,219/218ページ,単行本は2007年10月に刊行
一言紹介 昨年(2012年)11月に公開された野村萬斎さん主演の映画,「のぼうの城」はとても楽しめた.揺れる小舟の上での野村さんの踊り“田植田楽”は圧巻.この場面は一見の価値あり.この映画の原作が,この小説.石田三成は2万の兵で忍城(おしじょう)の攻略に向かう。「(でく)のぼう様」と呼ばれる成田長親(ながちか)は、農民も含めた3000の兵でこれを迎えうつ.攻めあぐねた三成は、ついに水攻めを行うのだが….
(2013年1月)

029  
著者 元村 有希子(もとむら ゆきこ:毎日新聞社科学環境部デスク)
書名 気になる科学
出版社等 毎日新聞社,2012年12月25日,327ページ
一言紹介 2009から2012年にかけて元村さんが毎日新聞「発信箱」,「理系白書ブログ」,「本の時間」のコラム「気になる科学」に発表した作品に,加筆・修正し,書下ろし作品を加えて再構成したエッセイ集.作品は,「食の現在」,「生命と老いをみつめて」など,7つのカテゴリ(章)に分類.いつまでも「科学素人」を自認する元村さんの「感性」には好感が持てる.ところで,大きく変化しているこの時期,いつどの場面での論評や感想なのかは重要な意味を持つのではなかろうか.加筆や修正がなされているとはいえ,各エッセイに初出の日付を書いて欲しかった.
(2013年1月)

028  
著者 塩野 七生(しおの ななみ:作家)
書名 想いの軌跡 1975-2012
出版社等 (株)新潮社,2012年12月20日,317ページ
一言紹介 1975年から2009年まで塩野さんが発表した文章を集めたもの.若い編集者が国会図書館に通い,塩野さんが文藝春秋,新潮45,中央公論などの雑誌に発表した文章を集めたのだという.この手の雑誌を全く手に取らない私にとって,すべての文章が初めて読む作品で,新鮮であった.第1章の「地中海に生きる」から,第5章の「仕事の周辺」までの5つのカテゴリで分類.書かれた年代は大きく異なるものが隣り合って並んでいるのだが,文体やその考え方など、一切気にならなかった.それだけ,塩野さんの考え,想いはぶれていない.「塩野節」満載の本.ところで,7月7日に生まれたので七生と名付けられたとは,初めて知りました.
(2013年1月)

027  
著者 藤沢 周平・徳永 文一(ふじさわ しゅうへい・とくなが ふみかず:小説家,故人.元読売新聞記者)
書名 甘味辛味−業界紙時代の藤沢周平−
出版社等 (株)文藝春秋,文春文庫,2012年12月10日,257ページ,文庫オリジナル
一言紹介 小説家になる前の藤沢さん(本名,小菅留治)は,ハムやソーセージなど食肉加工業の業界紙の記者であったことはよく知られている.この文庫には,昭和39〜49年(1964〜74年)までの約10年間,編集長を務めた「日本加工食品新聞」で担当したコラム「甘味辛味」の中から,約70編が選ばれ収録された.どのエッセイも当時の世相を反映していて,とても懐かしく読める.それにしても藤沢さんの視点はとても温かい.後半は,元読売新聞記者の徳永氏による「業界紙時代の藤沢周平」と題するルポルタージュ.
(2012年12月)

026  
著者 小川 洋子(おがわ ようこ: 小説家,エッセイスト)
書名 カラーひよことコーヒー豆
出版社等 (株)小学館,小学館文庫,2012年9月11日,185ページ
一言紹介 「博士の愛した数式」(2003年)で本屋大賞を受賞した小川さんのエッセイ集.雑誌「Domani」に2006年から2008年にかけて連載したエッセイに,書き下ろしを加えて2009年に同名の単行本として出版したものの文庫版.文庫化にあたり,新たに2編の書き下ろしが追加された.小川さんは言う,「ささやかな一つのエッセイが,誰かのもとにちゃんと届いている.自分の仕事は決して一方通行ではなく,こちらが与えられる以上のものが返ってくる.この事実に接する時,私は最も幸福を感じます」と(あとがき,170ページ).すべてのエッセイに,小川さんの「人」を見る易しいまなざしが感じられます.ところで皆さん,「カラーひよこ」は,分かりますか.
(2012年12月)

025
著者 池澤 夏樹 編(いけざわ なつき:小説家)
書名 本は,これから
出版社等 (株)岩波書店,岩波新書1280,2010年11月19日,244ページ
一言紹介 KindleやiPadなど,電子端末が爆発的に普及し始めた.この先,「本」はどうなっていくのだろう.本に関わる35名の方々に,「本は,これから」なるテーマで書いたもらったエッセイ集.さて,電子端末の普及によって本の運命は如何に.池澤さんは「それでも本は残るでしょう」と総括する.この本,皆さんに是非読んでほしい.本や読書に対する各人の経験や考えが,エッセイににじみ出ています.「『人生を決めた一冊の本』というのは,本当に存在したのです」(池上彰,14ページ).「本を読む目的は,若いころから,変わらない.大げさに言えば生きていくための力,つまり,血や肉とするためだ」(鈴木敏夫,113ページ).こう断言している人もいるのですよ,皆さん.読書,薦めます.
(2012年12月)

024  
著者 ファブリツィオ・グラッセッリ(在日20年を超えるイタリア人建築家.日本が大好きで永住を希望している)
書名 イタリア人と日本人,どっちがバカか?
出版社等 (株)文藝春秋,文春新書876,2012年9月20日,254ページ
一言紹介 何とも刺激的な題名であるが,全9章のうち8章を,イタリア人のバカさ加減を物語風に記す.日本人のバカさ加減には1章が当てられているのみである.著者は,「(略)『おバカさ』の度合いでは,もともとイタリアが先行していたところを,ここ十数年の間に日本が急激に追い上げ,いまやイタリアと日本の『バカっぷり』は,ほぼ互角」と断じ,「そこにあるのはたぶん,『バカさの種類』の違いだけ」として,「イタリア人の場合は,さしずめ『空回り型バカ』,日本人の場合は『思考停止型バカ』」であると指摘する(243ページ).その原因は何か?日本の受験競争システムが,子供たちの活力を失わせ,大学生の保守性と学問に対する無気力の源になっており,そうであるがゆえに,大学は「就職の予備校」になっているとする.実に頭が痛い指摘である.
(2012年11月)

023  
著者 中島 嶺雄(なかじま みねお:国際教養大学・理事長・学長,元東京外国語大学・学長,社会学者)
書名 学歴革命 国際教養大学の挑戦
出版社等 KKベストセラーズ,2012年3月30日,221ページ
一言紹介 今をときめく秋田の国際教養大学の中島嶺雄学長が熱くリベラルアーツ教育を語る.「(略)最も大切なのは,自分自身の伝えたいこと,その意思を促す素養を見つけることだと思います.私は,この自由にして自分自身のかけがえのない学問の修得こそがリベラルアーツだと考えます.(段落)(略)子供から大人まですべての方々にとって,グローバル時代の今だからこそ求められる教育がリベラルアーツだと言えるのではないでしょうか」(はじめに,4-5ページ).中島先生は,7月28日(土)に本学で開催された外国語教育に関するシンポジウムで基調講演をするために来学された.この本はその時購入したもので,先生のサイン付きである.
(2012年11月)

022  
著者 日本エッセイスト・クラブ編
書名 死ぬのによい日だ(‘09年版ベスト・エッセイ集)
出版社等 (株)文藝春秋,文春文庫,2012年10月10日,281ページ,2009年8月,文藝春秋刊の同名単行本の文庫版
一言紹介 その年に発表されたエッセイの中から,日本エッセイスト・クラブが選ぶベスト集. 2008年初出のエッセイの中から,55編が収録された.単行本は2009年に刊行.文庫本はいつも単行本から3年遅れての出版.今回で27冊目.選ばれたエッセイ,どれもこれも素晴らしいが,北日本石油(株)に勤める近藤健さんの「増穂の小貝」と,女優の十勝花子さんの「転ぶ老女」には泣けました.私は毎年,この文庫本の出版を待ちに待っています.
(2012年11月)

021  
著者 刈谷 剛彦(かりや たけひこ:オックスフォード大学・教授,社会教育学者,元東京大学・教授)
書名 グローバル化時代の大学論A「イギリスの大学・ニッポンの大学」(カレッジ,チュートリアル,エリート教育)
出版社等 中央公論社,中公新書ラクレ430,2012年10月10日,212ページ
一言紹介 2008年,著者は東京大学からオックスフォード大学へと職場を変えた.オックスフォード大学をはじめとするイギリスの大学教育の分析から,日本の大学教育の問題点を照射する.日本の大学は,「(高校までの)受験勉強と企業でのOJT(On the Job Training)との間の『体験学習』(課外活動,ボランティア,アルバイトなど)の機関として緩やかに規定」されていると断定(166ページ,()内は筆者注).したがって,大学は学習の場としての期待がないゆえに,教育の質が問われてこなかったとする.この状況を打破し,世界標準の大学になるためには,専門教育を修士レベルまで伸ばすことだと主張.前著「アメリカの大学・ニッポンの大学」(本欄018参照)に続く,「グローバル化時代の大学論」第2段である.
(2012年10月)

020
著者 元木 幸一(もとき こういち:山形大学・教授,西洋美術史)
書名 笑うフェルメールと微笑むモナ・リザ −名画に潜む「笑い」の謎
出版社等 (株)小学館,小学館101ビジュアル新書,2012年9月6日,190ページ
一言紹介 モナ・リザはなぜ微笑んでいるのか,イエス・キリストを書いた絵にはなぜ笑い顔がないのか,など西洋絵画における笑いと微笑みを分析する.笑い顔や微笑む顔が出現したのは,不特定多数の人が鑑賞することを前提に絵が描かれたときからだと指摘.「笑いを切り口にして西洋美術史の流れが適度に理解でき,そのうえで絵を見る楽しさを味わえるような本」にしたかったとのこと(あとがき,189ページ).著者は本学大学院文学研究科(西洋美術史)の出身.
(2012年10月)

019
著者 竹内 薫(たけうち かおる:サイエンスライター,科学史家)
書名 闘う物理学者!
出版社等 中央公論新社,中公文庫,2012年8月25日,235ページ,日本実業社2007年8月刊「闘う物理学者! 天才たちの華麗なる喧嘩」に若干の修正を行い,「ちょっと長めのエピローグ(文庫本のために)」を加えた
一言紹介 物理学を作った天才たちを,同時代に生きたライバルや為政者,そして時代との闘いを通して紹介する.取り上げられた天才物理学者と闘った相手とは,ファイマンとゲルマン,アインシュタインとボーア,湯川秀樹と朝永振一郎,ホーキングとペンローズ,そしてガレリオとローマ法王,ランダウとスターリン,さらに,ノーベル賞とフランクリンメダル,ボームとアメリカ「帝国」,マリー・キュリーと差別.どの話もそうだったのかと思うのだが,話が短すぎて欲求不満.もっとじっくり論じてもらいたかった.
(2012年10月)


018  
著者 刈谷 剛彦 (かりや たけひこ:元東京大学・教授,現オックスフォードフォード大学・教授,社会教育学者)
書名 グローバル化時代の大学論@ 「アメリカの大学・ニッポンの大学」(TA,シラバス,授業評価)
出版社等 中央公論社,中公新書ラクレ429,2012年9月10日,274ページ(1992年に玉川大学出版部から刊行された同名の著書をベースに,章の削除と追加をし,新書版にしたもの)
一言紹介 自己の教育体験をもとに,1990年代初めのアメリカの大学でのTA,シラバス,授業評価の意義と実態を記述.日米の大学の差異をもとに次のように主張する.「(略)このようにして見ると,日本における大学教育は,通常考えられている以上に積極的な意味と可能性を持っていることがわかる.受験勉強とは異なる学習をどれだけ学生たちに与えることができるか.(略)ゆっくりと,幅広く,深く,ものごとを追求する学習の機会をどのように学生たちに与えられるか.外部からの強制によらない『学習』を可能にする条件が大学には備わっているのである.TA制度もシラバスも授業評価も,そうした大学教育の可能性を広げる方向で『日本化』される必要があるだろう」(220ページ).然りだが,どのように日本化するのかが問題.
(2012年9月)

017
著者  辻本 雅史 (つじもと まさし:京都大学大学院教育学研究科・教授,教育学者)
書名 「学び」の復権−模倣と習熟
出版社等 (株)岩波書店,岩波現代文庫/学術264,2012年3月16日,277ページ(1999年に角川書店より刊行された著書の新書版)
一言紹介 著者は,江戸時代の寺子屋での学習を検討することで,現代教育の問題を照射する.寺子屋では貝原益軒の思想,「模倣と習熟」が底流に流れていたという.すなわち,江戸時代は「学びの文化」が開花していたが,現代は「教えの文化」へと転換した.言いかえれば,自律的な「学習」から,教師による「教育」を受けることへと転換した.現代教育の中に,再び「学び」の要素を取り入れることを提案.そのささやかな一歩は,生徒が教員を選ぶことだとする.教育と学習の調和を考えさせられた.
(2012年9月)

016
著者 村上 陽一郎 (むらかみ よういちろう:科学史・科学哲学家,東京大学・国際基督教大学名誉教授)
書名 知るを学ぶ あらためて学問のすすめ
出版社等 (株)河出書房新社,2011年12月30日,223ページ,書下ろし
一言紹介 著者は本書を「あらためて教養とは」(新潮文庫,2009年3月,307ページ)の姉妹編と位置付ける.第1章「知ること」から,第9章「メメント・モリ」(ラテン語で「死を想え」という意味)まで,一貫して「世間の『通説』を簡単には受け入れず,ものごとをできるだけいろいろな点から見ては,ということの『すすめ』を目指している」とする(後書きのような序,4ページ).なお,本書では,珍しく著者の読書遍歴などが赤裸々に述べられている.私は村上さんの著書を何冊か読んでいるが,本書で初めて知ったことも多い.
(2012年9月)

015
著者 鳴海 風 (なるみ ふう:自動車関連技術者,小説家)
書名 江戸の天才数学者 世界を驚かせた和算家たち
出版社等 (株)新潮社,新潮選書,2012年7月25日,189ページ,書下ろし
一言紹介 江戸時代,日本で開花した和算.そのレベルは,世界の最先端であった.本書で,和算を発展させた渋川春海,関孝和,建部賢弘ら,8人の人物を紹介.著者は,本学大学院工学研究科修士課程を修了している.これまで和算家を主題にした小説を多数発表しており,2006年には,日本数学会出版賞を受賞した.
(2012年8月)

014
著者 北川 智子 (きたがわ ともこ:ハーバード大学東アジア学部講師,日本中世史)
書名 ハーバート大学白熱日本史教室
出版社等 (株)新潮社,新潮新書469,2012年5月20日,190ページ
一言紹介 日本の高校を卒業してカナダの大学へ留学.卒業後,米国プリンストン大学で日本史の博士号を取得.その後,ハーバード大学の講師へ.その遍歴と,ハーバード大学での授業を紙上公開.それまで不人気であった日本史の授業を,たった2年で超人気授業へと変身させる.この間,「ベストドレッサー賞」と「思い出に残る教授賞」とを受賞.著者の「Lady Samurai」など,日本史のクラスにかける情熱はもの凄い.ところで,「面白いのは,ハーバード大学の学生は,易しいだけでは心が惹かれないということです.彼らはやる気に満ちています.目の前に高いハードルがなければ燃えないのです」(108ページ),とのこと.本学学生もそうですよね,皆さん.
(2012年8月)

013
著者 村上 龍 (むらかみ りゅう:小説家)
書名 政府と反乱 すべての男は消耗品である。Vol.10 (下線は強調のドットの代わり)
出版社等 (株)幻冬舎,幻冬舎文庫,2012年8月5日,156ページ
一言紹介 シリーズ10冊目のエッセイ集.2007年6月から2009年5月までの24編を所収.本の題名にあるように我が国の政治への発言が目立つ.ところで,この中にこのシリーズの副題について言及したところがあった.「歴史的に男が戦争に駆り出されてきたのは,勇敢で強かったからではなくて,相当数死んでも種や民族が影響を受けないからだと気づいて,第一回目に『男は“消耗品”だ.女は“戦利品”だ』と書いた.そこから,この連載エッセイのタイトルが生まれた」.なるほどそうでしたか.(128ページ)
(2012年8 月)

012
著者 大栗 博司 (おおぐり ひろし:カリフォルニア工科大学・カブリ冠教授,東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)・主任研究員,物理学者・素粒子論)
書名 重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ,宇宙のなぞに迫る
出版社等 (株)幻冬舎,幻冬舎新書260,2012年5月30日,289ページ
一言紹介 重力について,古来の認識より最新の研究成果まで,数式を一つも使わない説明に挑戦.重力の理解が物理学の中でどれだけ重要なのかを,本書は教えてくれる.IMPU機構長である村山斉さんとともに,難解なことを分かりやすく解説する力は大変素晴らしい.ところで102ページで,「潮汐力(=起潮力)」の説明をしたあと,海水の満ち引きについてもこれが成立すると書いています.この説明,このままでは不十分ですね.地球上の海水の満ち引きは,地球と月が共通重心の周りを互いに公転しているという要因も考慮する必要があります.
(2012年7 月)

011
著者 今野 浩 (東京工業大学名誉教授,オペレーションズリサーチ学・金融工学)
書名 工学部ヒラノ教授の事件ファイル
出版社等 (株)新潮社,2012年 6月15日,206ページ
一言紹介 前作「工学部ヒラノ教授」((株)新潮社,2011年1月25日,204ページ)に続くシリーズ第2弾.「工学部平(ひら)教授ほど素敵な商売はなかった」のだが,「あちこちに危険な落とし穴が口を開けていた」とのこと.「この本は現役時代に書けなかった裏側を扱ったもの」であり,「97%真実,3%脚色である」(以上,はしがきより)という.そう,かなりの内幕本,暴露本です.でも,今の時代,そういうことでは通用しないことも多々あるのでは.
(2012年7 月)

010
著者 外山 滋比古 (とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 傷のあるリンゴ
出版社等 東京書籍(株),2012年6月9日,189ページ
一言紹介 表題作を含む30編を収めた書き下ろしエッセイ集.著者は1923年生まれの89歳.確かな目による人生の考察集.どのエッセイも,最後の1段落の言い回しが見事.一例を.「失敗は実にすぐれた先生である.だれも教えてくれないことを教えてくれる.なるべく早く,多くの失敗という先生にめぐりあうのが,人生の幸福である」(「不幸は好運のもと」,126ページ).
(2012年7 月)

009
著者 村山 斉 (むらやま ひとし:東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)長,素粒子物理学者)
書名 宇宙は本当にひとつなのか 最新宇宙論入門
出版社等 (株)講談社,ブルーバックスB-1731,2011年7月20日,201ページ.
一言紹介 著者が行ったIMPU主催の4回の一般市民向け講演会をまとめたもの.暗黒物質から多元宇宙の存在まで,最新の宇宙論が,平易な言葉と著者独特の比喩で論じられる.「宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎」((株)幻冬舎,幻冬舎新書187,2010年9月30日,226ページ)に続く,一般向け宇宙論の解説書.
(2012年6 月)

008
著者 外山 滋比古 (とやま しげひこ:お茶の水女子大学名誉教授,英文学者)
書名 「読み」の整理学
出版社等 (株)筑摩書房,ちくま文庫,2007年10月10日,222ページ.
一言紹介 「思考の整理学」をはじめとし,多くの著書に再び注目が集まっている.一連の著書は,平易な文章で綴られているが,読みごたえは十分.本書は,読みには,「既知を読む『アルファ読み』と未知を読む『ベータ読み』」があり,ベータ読みへの「移行・考察は,リーディングの新しい地平をひらくものである」(222ページ)と論ずる.さて,皆さんはこの見方に同意しますか.
(2012年6 月)

007
著者 藤原 正彦 (お茶の水女子大学名誉教授,数学者,エッセイスト)
書名 名著講義
出版社等 (株)文藝春秋,文春文庫,2012年5月10日,317ページ
一言紹介 著者は作家である新田次郎と藤原ていの二男.本書は著者が十数年お茶の水女子大学で行ってきた読書ゼミの記録.新入生20名を相手に,毎週「文庫」本を読み,議論する.対象となる文庫本には,新渡戸稲造「武士道」,内村鑑三「余は如何にして基督信徒となりし乎」,福沢諭吉「学問のすゝめ」などが並ぶ.このような授業は,大変でもありそうだが,面白そう.帯には,「『日本人の誇り』を取り戻そう」とありました.
(2012年6月)

006
著者 藤田 令伊 (ふじた れい:アートライター)
書名 フェルメール 静けさの謎を解く
出版社等 (株)集英社,集英社新書0621F,2011年12月21日,217ページ
一言紹介 著者は30年来のフェルメールの大ファン.「静謐(せいひつ)の画家」と呼ばれるフェルメールの作品を種々の観点から分析する.青を基調とした色調,四角い構図,人物のうつむく姿勢,少ない素材(絵に描かれる小物のこと),オランダの光,このようなものすべてが作品に静けさを与えていると分析.当時の画家としては,現代にも通じる最先端の試みを大胆に採用したと判断.なお,フェルメールが活躍した1650年代から70年代は,1645年から1715年まで続く太陽黒点の極小期にあたり,その当時の「光」がフェルメールの作品に影響しているのではとの仮説,これはとても面白く新鮮.
(2012年5月)

005
著者 中嶋 嶺雄 (国際教養大学長,元東京外国語大学長,国際社会学者 )
書名 なぜ,国際教養大学で人材は育つのか
出版社等 祥伝社,祥伝社黄金文庫,2010年12月20日,200ページ,書き下ろし
一言紹介 著者は,2004年4月に開学した秋田県の公立大学法人「国際教養大学」の初代学長.設立時から開学後まで,教養教育の理想を追求した過程が,本人の手によって述べられる.「わが国では徹底した教養教育こそが今望まれている」との著者の信念は揺るぎがない.皆さん,なぜ教養教育が大事なのか,ぜひ本書を読んで考えてほしい.研究中心大学を標榜する私たち東北大学でも,教養教育が大事であることは言を待たない.本学の教養教育の今後を考える上で,国際教養大学での試みは大いに参考となる.
(2012年5月)

004
著者 三浦 しをん (小説家,エッセイスト)
書名 舟を編む
出版社等 (株)光文社,2011年9月20日発行,259ページ
一言紹介 2012年「本屋大賞」受賞作.本屋大賞とは書店に勤める人たちが,多くの方に読んでほしいと推奨する本に贈る賞.入社3年目で出版社の営業部門から辞書作り部門にスカウトされた馬締(まじめ)君が,その後15年かけて新しい辞書「大渡海」を完成させるまでの物語.馬締君の奥さんとなる板前の香具谷(かぐや)さん,辞書作りに一生を捧げる学者松木先生,馬締君の前の編集者荒木さんなどが登場.この本を読み終えた今,辞書をますます疎かにできなくなりました!
(2012年5月)

003
著者 内館 牧子 (脚本家,小説家,エッセイスト)
書名 二月の雪,三月の風,四月の雨が輝く五月をつくる
出版社等 (株)潮出版社,2012年3月16日発行,261ページ
一言紹介 2003年4月からほぼ毎月1回,2011年12月まで,読売新聞宮城版に掲載したエッセイを集めたもの.全4章に分けられ,各章の初めには書き下ろしのエッセイが付けられた.内館さんは相撲と宗教の関係を研究するため,2003年4月に本学文学研究科修士課程に入学し,2006年3月に修了した.指導教員は宗教学の鈴木岩弓教授.この間,本学相撲部の監督となり,それまで低迷していた相撲部を立ち直らせる.本学のこと,相撲部のこと,仙台の街のことなど,私たちに身近な話題が取り上げられている.
(2012年4月)

002
著者 小山 慶太 (早稲田大学社会科学総合学術院・教授)
書名 寺田寅彦 −漱石,レイリー卿と和魂洋才の物理学−
出版社等 中央公論新社,中公新書2147,2012年1月25日発行,259ページ
一言紹介 旧制第五高等学校(熊本)で寺田寅彦は夏目漱石から英語を教わった.以来,寅彦は漱石を死ぬまで師と仰ぎ,漱石も寅彦を随分と可愛がった.英国の科学者レイリー卿は,気の赴くままに様々なテーマで研究を続けたが,このレイリー卿こそが寅彦の物理学の師だとする.レイリー卿は,大学やアカデミーから離れ,「高等遊民」として研究を続けたが,寅彦もまた気持ちとしては然りであった.二人とも当時勃興しつつある量子力学や相対論のような現代物理学から離れ,古典物理学の範囲で研究を続けたのである.それにしても,寺田寅彦が46歳で亡くなるまで,学術論文を267編(英文209編,和文58編)も書いていたとは,まったく知らなかった.なんと多作なのか.
(2012年4月)

001
著者 吉本 俊哉 (東京大学大学院情報学環・教授)
書名 大学とは何か
出版社等 株式会社岩波書店,岩波新書(新赤版)1318,2011年7月20日発行
一言紹介 著者は東京大学でメディア論などを研究している方.現副学長.大学は「メディア」(情報伝達媒体)の変遷とともに変わってきたと指摘.第1章ではヨーロッパで大学が誕生した背景,その隆盛と衰退を,第2章では国民国家の成立と大学の再生について述べる.大学は現代科学の成立になんの貢献もしなかったとの指摘は,私にとって新鮮だった.第3章は我が国に舞台を移して大学の設置の背景を,第4章では戦後の大学の変遷と改革が述べられる.最終章は,「それでも,大学は必要だ」として,書籍が電子化され,インターネットによる情報伝達の時代になったため,大学も変わる必要があると説く.著者のものの見方はともかく,大学の歴史がコンパクトにまとめられており,成立以来どういう変遷を経て今日に至っているのかを知ることができる.
(2012年4月)