主人公の世代交代
皆さんも次の作品がとても待ち遠しいと思っている作家が,何人かはいるのではなかろうか.私の場合,外国の作家の中では,クライブ・カッスラーとトム・クランシーの二人が,群を抜いて楽しみである.

さて,二人とも,この夏(2005年),相次いで新作を発表した.もっとも,原作ではなく翻訳本を読んでいるので,この夏の新作なる表現は厳密には正しくはない.原作はどちらも2003年に既に刊行されている.

カッスラーの小説では,国立海中海洋機関(NUWA)に勤務するダーク・ピットを主人公とするシリーズを楽しんでいる.私は見損ねたが,その中の一つ「死のサハラを脱出せよ」(新潮文庫,1992年)を原作とした映画「サハラ−死の砂漠を脱出せよ−」が,今年日本でも公開された.このシリーズでは,主人公のピットが,海洋に関する政府研究機関に勤務しているという設定だけに,小説の中では,海洋に関する情報がふんだんに取り入れられている.その知識はいったいどのようにして仕入れたのだろうと思うほど詳しい.もっとも,そんなことはありえないよ,それは大げさだよ,と思う部分も多々あるのだが.いずれしても,小説好きな海洋研究者への,私のお薦めのシリーズである.

さて,新作「オデッセイの脅威を暴け」(新潮文庫,2005年)ではなんと,ピットも登場するが,双子である息子ダーク・ジュニアと娘サマーが主役で登場した.それぞれ,ニューヨーク州立大学海洋学部出身の海洋技術者,スクリップス海洋研究所出身の海洋生物学者として,父親と同じNUWAに勤務しているとの設定である.前作「マンハッタンを死守せよ」(新潮文庫,2002年)で,劇的な親子の対面をしていたのであるが,新作では,完全に主役として登場している.前作まで若々しかったピットであるが,新作ではどうもいけません,とても老けた感じに描かれている.これからのこのシリーズの主役は,ダーク・ジュニアとサマーの双子の兄妹に完全に移ってしまうのであろうか.

一方,クランシーの小説では,オプ・センター・シリーズなど,他のシリーズもあるのだが,待ち遠しいのはジャック・ライアン・シリーズである.日航機が米国の国会議事堂に突っ込んだ(「日米開戦」,新潮文庫,1995年)ことで,思いもかけず米国大統領に就任しなければならなくなった(「合衆国崩壊」,新潮文庫,1997年),ジャック・ライアンの活躍を描いたシリーズである.

さて,新作「国際テロ」(新潮文庫,2005年)では,主人公はライアンの息子,ジャック・ジュニアと,甥である双子のクルーソー兄弟の話である.ジャック・ジュニアは,これまでも登場していたが,子供としてであって,決して物語の中心ではなかった.それが,今回,物語の中心人物として登場し,父ジャック・ライアンを超える逸材として描かれている.この小説では,父親も,ジョーンズ・ホプキンス大学医学部の眼外科医である母親キャッシー・ライアンも,まったく登場しない.

カッスラーとクランシーのそれぞれの新作の主人公は,これまでの主人公の息子と娘という次の世代へと移ることとなった.カッスラーもクランシーも,きっと,主人公を世代交代させることで,物語のさらなる発展の可能性を求めたのに違いない.

両方の本とも,物語自体はこれまでのように十分楽しめたし,次の作品も待ち遠しい.しかし,待ち遠しいのはその通りなのだが,この主人公世代交代の小説に出会い,ジャック・ライアンやダーク・ピットと同じように,私自身が急に老けたような,活動の場を奪われたような感じを持ってしまった.さて,ダーク・ピット・シリーズ,ジャック・ライアン・シリーズを愛読している皆さん,皆さんの読後の感想は,いかがだったろうか.


2005年10月15日記


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