素数に魅せられた人たちに関する四冊の本
私は活字中毒を自負している.とにかく,いつも活字を見ていないと気がすまない.自他共に認める活字中毒,と書きたいところだが,「他」の方は,私の連れ合いくらいしかいなさそうなので,自負している程度にしている.

さて,読む相手であるが,特にどのようなもの,とは決まっていない.新聞から始まり,週刊誌,月刊誌,単行本,文庫本にいたるまで,ジャンルも小説,ノンフィクション,漫画にいたるまで,対象は何でもありである.そんな中で,皆さんにも伝えたい,お気に入りの本に出会ったときには,これからはこの欄で紹介しようと思う.そう,前回のエッセイ「毎年6月ごろの楽しみは・・・」も同じ系列になるのであるが.

昨年(2005年)の秋からこの春にかけて,「素数」に関する四冊の本を読んだ.もちろん,専門書ではなく,解説書,いわゆる通俗本と呼ばれるものである.四冊の本とは,読んだ順序に書けば,次の通りである.

(1)「素数の音楽」,マーカス・デユ・ソトイ著,冨永星訳,新潮クレストブック ス,2005年,478ページ.

(2)「素数に憑かれた人たち−リーマン予想への挑戦−」,ジョン・ダービシャー著,松浦俊輔訳,日経BP社,2004年,479ページ.

(3)「リーマン博士の大予想−数学の未解決最難問に挑む−」,カール・サバー著,黒川信重監修,南條郁子訳,紀伊国屋書店,2004年,410ページ.

(4)「ヒルベルトの挑戦−世紀を超えた23の問題−」,ジェレミー・J・グレイ著,好田順治・小野木明恵訳,青土社,2003年,401ページ).

ちょうど昨年の夏から秋にかけては,研究科でついている役職上しなければならない大きな仕事が,それこそ次から次へと舞い込み,それらをこなすのに多くの時間が取られていたときである.どうしてだろう,忙しいときほど直面していることから逃避したくなり,何か別なことをやりたくなるものである.皆さんもそうではないですか.

ちょうどこのようなとき,出張の折に立ち寄った仙台駅構内の本屋で,最初の本,「素数の音楽」に出会ったのである.素数の振る舞いを音楽にたとえ,素数研究の歴史を述べたものであった.読み始めるや実に面白く,仕事の合間(無理して作ったようなものだが)にむさぼるように読み進んだものであった.

その後,もう少し詳しく素数の研究の歴史を知りたくなった.そして,次に出会ったのが,2番目の「素数に憑かれた人たち−リーマン予想への挑戦−」である.奇数番目の章は数学的な解説を,偶数番目の章はその時々の社会背景や歴史,人物像などが描かれている.素数研究の中で,リーマン(1826−1866)の果たした役割は大きく,いわゆる「リーマン予想」を提出した.この本は,第1部で素数定理の研究を振り返り,第2部で「リーマンの予想」証明に向けた研究を振り返っている.

そして,次に出会った本が,「リーマン博士の大予想−数学の未解決最難問に挑む−」である.著者はBBCのディレクターであり,リーマン予想を研究している多くの数学者へのインタビューによって構成した本である.数学者とは,なんと個性的なのだろう,というのが感想である.

そして,最後に読んだ本が,「ヒルベルトの挑戦−世紀を超えた23の問題−」である.この本は,厳密に言えば素数に関するものはなく,1900年8月8日,パリで開催された第2回国際数学者会議で行ったヒルベルト(1862−1943)の講演内容を解説した本である.1900年とは,20世紀前夜であり,パリでは,第1回万国博覧会が行われていた年であった.

さて,ヒルベルトは,500年間の長い眠りから覚めたら,いの一番に何を知りたいかと問われ,「リーマン予想は解決しましたか,と聞きたい」と答えたという.ヒルベルトが提案した23の問題の中で,リーマン予想こそが,最大の難問であると認識していたことを示すエピソードであろう.

さて,素数ではないが,難問の一つであった「フェルマーの定理」は,350年の長い研究の末に,1995年(論文の印刷年.証明の発表は1994年),プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズ博士によって解決された.証明の中身はちっとも知らないし,例え論文をみてもまったく理解出来ないであろうが,それでも,解決された時代に生きていたことに喜びを感ずる.同じように,リーマン予想も,私が生きているときに解決されて欲しいものである.

現在の数学者の皆さん,そして今,数学者を志そうとして学んでいる皆さん,是非これが実現するよう,頑張ってください.エールを送ります.

なお,小川洋子さんの「博士の愛した数式」は,第1回本屋大賞を受賞し,大ベストセラーとなった.その後,映画にもなり,社会的にもちょっとした(?)話題となった.この本も皆さんへのお薦めの一冊である.


2006年8月15日記


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