不思議な作家森詠さん
今年(2006年),10月25日の毎日新聞の第2面の下に,「続 七人の弁慶」なる本の広告が出た.ヘー,弁慶は七人いたという新説,あるいは,珍説なる小説か,と思ったとたん,著者は森詠(もり えい)さんであることがわかった.

森さんの小説との出会いは,もう20年以上も前にさかのぼる.最初に読んだのは「燃える波濤1〜3」(徳間書店,新書版,1984年,1984年,1985年)であった.この本の帯には,「近未来ポリティカルノベルズ」と謳っている.大変面白く読めたが,それでも森さんの小説を特に積極的に探すこともなく,受動的に目にとまった本をぽつんぽつんと読んでいた.

そんな中,これは素晴らしいと思ったのは何冊目かに出会った「冬の翼」(講談社,1989年)である.バスク地方(フランスに接するスペインの北部の山岳地帯でバスク語を話す人たちが住む地帯のこと)の独立運動にかかわっている父に,日本から一人で会いに行くその息子の話である.父は,日本人の父親とバスク人の母親を持つ二世であり,息子が子供のころに失踪していた.母の死をきっかけに,息子が父を探しにいくという設定である.結局この小説が決定打となって,彼の本が目に入り次第,何でも読むこととなった.

さて,このエッセイの表題に付けた「不思議な作家」とは,私は森さんを何とも評価できない,何とも位置づけられないことからきている.彼の小説のジャンルが幅広すぎて,捉えどころがないのである.大抵はポジティブにせよ,ネガティブにせよ,この小説家はこんな感じ,と表現できるのであるが,森さんだけは一言では言えないのである.

以下に,彼の小説のジャンルを,私が呼んだ本の中から紹介しよう.なお,森さんの本は,単行本で読んだり,新書や文庫本で読んだりと,いろいろである.以下の括弧内の出版社と発行年の情報は,必ずしも初出の情報ではなく,私が実際に購入して読んだ本の情報である.

(1)少年・青年時代の経験に基づく「自伝的小説」
このシリーズは,おそらくもっともよく知られた森さんの小説群であろう.「オサムの朝(あした)」(集英社文庫,2001年),「那珂川青春記」(集英社文庫,2002年),「日に新たなり−続・那珂川青春記−」(集英社文庫,2002年)の三部作である.「オサムの朝」で森さんは第10回坪田譲二文学賞を受賞した.森さんは,1941年生まれであるので,私より11歳,年上の方である.それでも,森さんが少年時代すごされた栃木県の田舎の描写は,私の育った田舎の風景と重なり,思わず自分の少年時代を思い出してしまう.これらの小説は,私にとって何とも「甘酸っぱい」ものである.

最近,この三部作に続く「少年記 −オサム14歳−」(集英社,2005年)が刊行された.上記の三部作では書ききれなかったことを書いておられるのに違いない.というのも,この本,発売と同時に単行本を購入しているのだが,これを書いている現在,実はまだ読み終えていないのである.

(2)日本と近隣諸国との「近未来シミュレーション小説」
先に記した「燃える波濤」がこのジャンルに分類できるだろう.森さんは,この一連の本で日本冒険小説協会大賞感謝感激賞を受賞している.その後も「燃える波濤」は書き継がれ,第4部から第6部(徳間書店,四六版,1988年,1989年,1990年)が出版された.その他,「日本朝鮮戦争 第一部〜第十五部」(徳間書店,1993年〜1997年),「新日本中国戦争 第一部〜第十七部」(学習研究社、歴史群像新書,1995年〜2003年),「黙示録2020 日本ロシア戦争 1〜4」(中央公論新社、2001年〜2003年),「日本世界大戦1〜4」(2003年〜2004年),「200X年 日本中東戦争 SCENE 1〜Scene 3」(学習研究社,歴史群像新書,2004年〜2005年)と,立て続けにこのジャンルに挑戦している.

そしてつい最近,「革命警察軍 ゾル 1」(学習研究社,歴史群像新書,2006年)が出た.近未来に,日本がロシア,アメリカ,中国,高麗共和国により4分割統治され,日本固有の領土は北海道を除く東日本のみとの設定で,各国のスパイが暗躍する中,日本人の特命警察官こと西園寺聖,コードネーム「ゾル」が活躍する話である.第1巻のみでは,まだどのように話が展開するのかまったく予想できないが,このシリーズでしばらく楽しめそうである.

(3)「北一馬」シリーズ
自衛隊を辞めたパイロット,北一馬の物語である.北は,愛機であるダグラス社DC3(通称ダコタ,映画「カサブランカ」で,最後にラズロとイルザを乗せて飛んでいくあの飛行機),愛称「キャサリン」で世界中をめぐる.北は一匹狼のパイロットで,荷物を運ぶ途中,事件に巻き込まれるも,それを無事切り抜けるという設定である.このシリーズの中では,古本屋で見つけた「風の伝説」(徳間文庫,1990年)と「陽炎の国」(徳間文庫,1992年)を読んだ.おそらくこのシリーズは,1980年代に書かれた森さんの初期のシリーズなのであろう.何冊もあるらしいが,全貌はよく知らない.

(4)警察シリーズ
私がこれまで読んだのは「横浜狼犬(ハウンドドック)」(光文社文庫,2002年)のみであるが,これもシリーズ化されているらしい.

(5)その他
「死者の戦場」(小学館文庫,2003年)は,冒険ホラー小説.このジャンルの小説も相当数あるのかもしれない.また,「冬の音楽」(実業之日本社,1990年)は短編集,「振り返れば,風」(中央公論社,1985年)も独立した10話からなる物語.テーマは,1960年代から1970年代の混乱した社会の中で苦悩する若者の生き方についてである.

さて,冒頭に記した「続 七人の弁慶」(双葉社、2006年)のことである.早速購入して読んでみた.物語は,一ノ谷の戦いの直後から始まる.通説では弁慶は七つ道具を背負っていたと表現されるがその理由とは何か,また,弁慶はどうしてあれほどまで義経に忠実であったのかを軸に,森さんは大胆な推理で物語を展開する.そして,義経と弁慶が平泉での戦いから無事逃れるところで物語は終わる.

こうなると「七人の弁慶」(双葉社,2005年)も読まないと気がすまない.毎日曜日に通っている本屋さんで見つからなかったので,注文して入手した.読んでみると,なるほどそういうことであれば七人の弁慶の存在はもっともらしい.なるほどそういうことであれば弁慶は義経に忠実であるはずだ,と合点する.ここで小説の内容を紹介するのは止めときましょう.気になる人は,本を読むか,私に直接聞いてください.

こんなにジャンルが広く,多作の作家も珍しいのではないだろうか.森さんは,東京外国語大学を卒業後,週刊誌(週刊ポストであった思うのだが)記者を経て,1978年に作家としてデビューしたという.この週刊誌記者の経験が,彼の小説に大いに生かされているのだろう.

作家に,何のために小説を書いているのですか,と問うことは愚かなことであることはわかるのだが,森さんだけには聞いてみたいものである.


2006年12月15日記


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