さようなら,黒電話
今年(2007年)の1月のある日,広報室のOさんがひょっこり研究室に現れた.Oさんが私の研究室に来たのは初めてのことであった.Oさんの用件は,3月に発行する理学研究科の広報誌「Aoba Scientia」に同窓会関係の記事を寄稿して欲しいとの,広報編集委員会からの依頼である.私は,原稿の依頼には,よほどのことがない限り断らないことにしているので,もちろん快諾した.

用件はすぐ済んだのだが,Oさんは,もじもじと「先生の部屋に黒電話があると聞いたのですが・・・」と切り出した.「はい,はい,ありますよ.まだ使っていますよ」といって,部屋の奥にある,私の本来の机の上にある黒電話を見せた.Oさんは,物珍しそうに,ヘェーと,化石を見るような目で見ていた.

理学部は,1970年代,片平キャンパスから現在の青葉山キャンパスに,学科単位で順次移転した.物理系3学科(当時)が移転したのは,1976(昭和51)年3月のことである.そして,4月から物理A 棟,B棟,C棟を本格的に使い始めた.1976年は,私が学部を卒業し,大学院修士課程へ入学した年である.研究室の黒電話は,この移転のときに備え付けられたものであるから,もう,かれこれ30年以上も使用していたことになる.

Oさんが物珍しげに見ているということは,彼女が生まれてから,話には聞いていても,実際に黒電話を,見たことも触ったこともなかったのだろう.とすると,世の中ではもう20年も前に,黒電話は使われなくなっていたのだろうか.

ところで,私のマンションの部屋には,今は使っていない電話が2台ある.処分もせずに,残しておいたものである.はじめの電話は,もちろんダイアル式であった.ただし,黒電話ならぬ,グリーンの電話である.当然のことながら,今から使う気は毛頭ないので,Oさんにそれをあげる約束をした.そして何日か後,ダイアル式グリーン電話を広報室に持っていき,Oさんに手渡した.うーん,これは,押し付けたといったほうが正しいのだろうか.

さて,国立大学が法人化され,安全管理や防災意識が格段に高まった.本理学研究科も,安全衛生管理室を設置し,さまざまな活動をしている.その重要な活動の一つに,災害時や非常時の連絡網の整備がある.私が所属する地球物理学専攻でも,このための担当者(助教授のHさん)が決まり,災害時あるいは非常時の連絡網の整備などが始められた.そして,2月1日(木),災害用伝言ダイアル「171」を利用して,専攻全体で教職員,院生・学生などの安否を連絡しあう訓練を行うこととなった.

毎月1日は,NTT東日本の計らいで,無料で災害用伝言ダイアルを利用できる.すなわち,日頃の訓練は,毎月1日に行ってくださいということであろう.Hさんから,予め,訓練の手順や災害用伝言ダイアルの使い方などの説明がメールで配信されていた.私も,NTT東日本のウェッブサイトから,操作方法をダウンロードし,準備していた.もちろん,ダイアル式の電話も利用できることになっている.

さて,2月1日は,13時ごろに一斉に行うとの想定であったが,研究室のセミナーがあるため,私は16時ごろメッセージを入れることとしていた.セミナーで隣に座っている研究室の助教授K君が,研究室の黒電話ではダメだった,と話してくれた,既に試してみたらしい.セミナーが終わって,私も試してみた.「171」につながることはつながるのであるが,ちっとも先に進めない.しょうがないので,ファックスに備わっている電話を利用して,訓練を済ませた.

ダイアル式でも可能であるはずなのに,どうして研究室の黒電話から伝言を入れられないのであろう.既にダイアル・イン方式に変わっているし,問題はないと思うのだが.

これがきっかけとなり,研究室全体で,長年使ってきた黒電話の使用をやめ,プッシュホン式のデジタル電話にすることとした.幸い,今年度は,購入する費用も十分捻出できる.研究室では,4組の電話を新たに購入することとなったが,それぞれの部屋にいる人が勝手に選ぶことにした.私は秘書のIさんと共有することになるので,相談の上,S社の親子電話にした.見積書が来てから知ったことだが,4組の電話とも,まったく別々のものであった.好みは人それぞれ,ということなのだろう.

新しい電話が備え付けられてから,これまで使っていた研究室の黒電話6台は,Iさんの部屋の作業机の上にしばらく置かれていた.誰か欲しかったら持っていっていいよ,といっていたのだが誰も持っていかない.K君が,分解するため1台持っていっただけである.飾っておく以外使い道もないので,当然のことなのであろう.結局,新しい電話機を納めた業者が5台の黒電話を引き取っていった.

新しい電話は,黒電話と違いとても軽い.また,無線式なので,話しながら自由に動くこともできる.私の電話は子機のほうであるが,日頃座っている作業机から離れた本棚においている.何のことはない,そこは充電するための電源が簡単にとれるところとして決まったのである.電話がなると,立ち上がって取りにいく必要がある.作業机の上においていてもいいのだが,ますます体を動かさなくなってしまうので,これでよしとしよう.

さて,部屋の奥の机の上から黒電話がなくなった.そのため,机の他のところは数十cmの高さまで,本や書類が山積みなのであるが,30cmX30cm程度の広さで,ぽっかりと机の上面が見えている.さて,いつまでこの空間が,そのまま残っているだろうか.

恐らく,数か月も経たず,他のところと同じ高さまで,書類などがたまってしまうのでしょうね.


2007年3月15日記


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