お刺身の数え方
つい先日,「数え方辞典」(飯田朝子著,町田健監修,小学館,2004年,397ページ)を購入した.物の「数え方」だけで,一冊の辞典ができてしまうのである.このこと一つをとっても,日本語はとても難しいことを物語っている.

さて,私が,なぜこの辞典を購入したかを説明しなければならない.

私は,宿泊をともなう出張では,夕食をとるよりは,ほとんどいつも,お酒を「友」にして,一人ナイトサイエンスをしている.文庫本と小型のノートを片手に,居酒屋で過ごすことが多いのである.お酒を飲みつつ,持参した文庫本を読んだり,その日の出来事を振り返ったり,次の日に予定されていることをイメージトレーニングしたり,はたまた脈絡も無くあれやこれやと考えたりしている.こんなとき,ふと,皆さんへのメッセージなどが思い浮かぶと,ノートにメモされ,運がよければ(?),後で「若き研究者の皆さんへ」に化けることになる.

この夏,集中講義のため秋田大学を訪れた.講義が始まる前日の夜,秋田駅近くに予約したホテルにチェックインした.そしていつものように,文庫本とノート片手に,ホテルすぐ近くの居酒屋Nの暖簾をくぐった.この居酒屋は,全国チェーンの店で,仙台でも見かけたことがある.値段は特に気にしなくてもよさそうな店なので,懐も安心である.さて,まずはビールを頼んで,そして,メニューに見入った.

私は山の中育ちなので,海の幸にあこがれる.海産物は,ご馳走に思えてしまうのである.さっそく,メニューでお刺身のところを見ると,「3品3カン」や「5品3カン」などと書いてある.「品」はお刺身の種類であろうが,この「3カン」で首をかしげてしまった.

この店は,お鮨も提供している.実際,メニューには,「お鮨盛り合わせ10カン」などと書いてある.お鮨は,通常「貫(かん)」と表示されることが多いが,この店は「カン」とカタカナで表示していた.

そんなこともあり,私は,お刺身「3品3カン」の表示を何とも解釈できず,お刺身を頼むと,お鮨3カンをおまけに出してくれるのだろうかなどと,とんでもないことまで考えた.あれこれ思案しているとき,ビールがきたので,店員さんに,お刺身で「3品3カン」とは何ですか,と尋ねた.答えは,そう,皆さんお察しの通り,ここの「カン」とは「切れ」のことだったのである.すなわち,「3品3カン」とは,「3種類のお刺身で,それぞれ3切れずつ」との意味だった.

ウサギは「羽(わ)」と数えるし,箪笥は「棹(さお)」,一組の箸は「膳(ぜん)」などと,私は,少しは数え方を知っているつもりであったが・・・.

おかしいなと思いつつも,お刺身を「カン」で数えることを知らなかったことが,とても悔しく思えてきた.そこで,本当にそうなのか,集中講義から戻り,さっそく「数え方辞典」を購入し,調べたのであった.

お刺身の数え方には,「さく,切れ,品(ひん),品(しな),皿,パック,舟」などがあるという(121ページ).「さく」は,お刺身を作りやすい大きさにきった「塊り」のこと.これは知っていました.「品(ひん,あるいは,しな)」は種類を指し,「皿,パック,舟」は盛り付けられた状態によって使い分けるという.なお,皿,パック,舟に盛られた刺身の種類は,「点」で数え,「お刺身3点盛パック」などと使う.

しかし,結局,「カン」は書いていない.そうでしょうとも,お刺身は「カン」などとは,決して数えないのである.断然「切れ」でなければならない.これで,やっと溜飲が下がった.居酒屋Nは,何とも人騒がせである.もっとも,騒いだのは私だけかもしれないが.そのうち,「カン」が大手を振ってお刺身の数え方になったりして・・・.

なお,お鮨の数え方であるが,「貫」は,お鮨1個なのであろうか,2個なのであろうか.私の経験では,お鮨屋さんによって,どちらもあったような気がするのだが.

この辞典によれば,「握り鮨や軍艦巻きは,原則2個で1貫」と数えるのだという(159ページ).しかし,「最近ではその数え方が変わり,1個を1貫で数えるように変化」しているという.さて,現在はどちらが主流なのであろうか.

この辞典の帯には,「なんでも『1個』『1つ』と数えていませんか?」とある.「日本語の豊かな数え方文化に触れる」ともある.確かに,「数え方には思想がある」とは大げさかもしれないが,日本人の豊かな感性が,物の数え方に表現されていることは確かである.

今度お鮨屋さんにいったら,聞いてみよう.お宅の貫は,1個ですか,2個ですか,と.きっと,板前さんが薀蓄を傾けて,説明してくれるに違いない.


2007年8月15日記


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