小言幸兵衛か! |
地球物理学教室が,昭和22年(1947年)にはじめての卒業生を出してから,今年で60年目を迎えた.この8月24日(金)の夕方,仙台市内のホテルで,これを記念する祝賀会が開催された.卒業生は既に1千名を超えているという.祝賀会には140名もの多数の同窓生や新旧の教職員が集まり,私も楽しい時間を過ごすことができた. この祝賀会で,本学名誉教授であるO先生と言葉を交わす機会があった.在職中のO先生には,常日頃大変お世話になった.1994年に現在の立場になってから,O先生が2002年3月に退職されるまでの8年間,隣同士の部屋で過ごさせていただいた.O先生は,退職された現在でも,重要な役職に就かれ,その立場上,頻繁にメディアに登場し,発言なされている. O先生は,私のこの拙いエッセイを年2回郵送している先生方のお一人である.O先生には,たびたび感想を寄せていただいたり,ときには,言葉遣いの間違いを指摘していただいたりしている. さて,O先生は,「若き研究者の皆さんへ」の2007年2月のエッセイ,「海洋学における業界単位」のことを持ち出し,「『ノット』もそうなのですが,『風速』を何とかしてください」と話された.最初,何のことかとっさにはわからなかったが,考えてみれば,なるほどそうなのである. 皆さんも,もうおわかりですね.メディアでは,風速はことごとく単に「**メートル」と表現されてしまうのである.長さの単位はつけられているが,時間の単位が欠落してしまうのである. 今月(9月)に入ると,大型の台風9号が日本南東方の海上で発生した.この台風は,その後,関東地方と東北地方を縦断し,さらに北海道にも上陸し,最終的にオホーツク海へと抜けていった.この台風により,痛ましくも犠牲者が出て,家屋や農作物にも大きな被害が出て,日本列島には大きな爪痕が残った. この間,注意して新聞やテレビのニュース番組をみていたところ,なんと全ての報道で,確かに風速は「**メートル」なる表現であった.テレビニュースにおけるアナウンサーはもちろん,解説を担当している気象予報士も,風速「**メートル」という有様であった.あのNHKニュースの気象予報士のエース,Hさんですら,そうなのである.新聞でも,見出しに大きく,「最大瞬間風速**(地名)で**メートル」と出てくる. なるほど,O先生が何とかしてくださいというのも,よく理解できる.書くまでも無いことだが,正しくは,「風速毎秒**メートル」,「**メートル毎秒の風」,あるいは,「秒速**メートルの風」などとしなければならないのである. わが国では,風速を,「1秒当たりに空気が進む距離」をメートルで表現するのが慣例である.すなわち,単位は「メートル毎秒(m/s)」となる.もちろん,1分間の距離でも,1時間の距離でも構わないのだが,風速には通常この単位が使われる.私たちも,秒速**メートルと聞けば,あーあの程度の風と,感覚的にも馴染んでいる. 一方,台風の進む速さは,「1時間当たりに進む距離」をキロメートルで表現するのが慣例である.すなわち,「キロメートル毎時(km/h)」,あるいは,「時速**キロメートル」となる.「台風9号は時速20キロメートルで北上している」などと表現する.これも自動車をはじめとし,乗り物の速さは「時速**キロメートル」と表現されることが多いので,感覚的にもわかりやすい. この台風の移動に関しては,テレビも新聞も,正しく「時速**キロメートル」と表現している.この違い,いったい全体,どうなっているのだろう.ここで,先のエッセイのフレーズと同じ表現がでてしまう.台風の「移動速度」にはできて,どうして「風速」にはできないのだ,と. なお,米国などでは,風速は「ノット」で表現するのが一般的である.もし,米国でこの表現を見たら,数値を半分にして,単位をメートル毎秒,と読み替えれば近似値を得ることができる.すなわち,50ノットの風速とは,秒速約25メートルなのである(正確には,1ノットは毎秒0.5144メートル). 言わずもがなのことであるが,台風情報を出している気象庁の風速は,正しい単位で表現されている.全て,メディアの段階で,このような不適切な表現に変えられてしまうのである. ところで,先に,この欄に2回も,「塩分」とすべきところが,メディアでは「塩分濃度」となってしまうことを書いた.つい最近,2007年8月31日の大手A新聞の科学欄に,私もコメントを寄せている「温暖化でやせる海」と題する記事が掲載された.なんと,嬉しいことに,この記事では正しく「塩分」と表現されているではないか.記事を書いたNさんが,「塩分」を使うようにと,社内で主張してくれたのだろうか,それとも,デスクや校閲部が見損じてしまったのだろうか.Nさんが主張し,デスクや校閲部が納得したのなら,これは偉大な進歩である.今後のA新聞を見守ろう.私も先のエッセイを書いた価値があるというものである. さて,今後,風速の表現はどうなるのだろう.このエッセイ一つで変わるわけはまったくないとは思いつつ,A新聞が変わった(本当だろうか?)ように,ほんの少しだけ,期待することとしよう. それにしても毎回,こんな風に小言ばかりを書いていると,いま流行りの「欧米か!」ならぬ,「小言幸兵衛(こごとこうべえ)か!」になってしまうのではないかと,私は密かに恐れているところである. 2007年9月15日記 website top page |