同級生の小説 |
高校の同級生,飯島(ペンネームでは飯『嶋』)和一君が,4年ぶりに小説を出した.「出星前夜」(しゅっせいぜんや,小学館,2008年,544ページ)である.出版社の最初のアナウンスでは,今年(2008年)3月末の出版だったのだが,何度も延期され,ようやく8月4日を発行日として出版された. ここ数年,飯島君は,仙台地区では,毎日新聞土曜日の「あれを読みたい」というコラムを,壇フミさん,幸田真音さん,関川夏生さんらと交代で,ほぼ一月に1回,書いていた.過去形なのは,今年の3月29日(土)のコラムが,飯島君の最後のものだったのである.その今年1月5日(土)のコラムで,4年ぶりに新しい小説の原稿を出版社に渡し,その初校のゲラをもらったことを記していた.その記事を読んで以来,私は,彼の本の出版を待ちに待っていたのであった. さて,8月2日(土)の毎日新聞(宮城地区)朝刊である.これも毎週土曜日に掲載される「本の現場」の欄に,毎日新聞のS記者がこの本の紹介記事を書いていた.記事の見出しを拾えば,「社会システムへの違和感」,「飯嶋和一さん 4年ぶり待望の長編 背景は島原の乱」とあった.この小説の内容や狙いなども,飯島君への取材をもとに書かれていた.また,公園で撮った飯島君の近影も掲載されていた. でもね,Sさん,私はまだこの本,手にとっていないのですよ.ここまで紹介するのかよー,と記事を読んで言いたくもなりました.でも,しょうがないか,だって,記者のSさんも私たちの同級生なのですから.ちなみに,私の連れ合いも同級生なのだが,彼女は,人によっては読む前にこれぐらい中身がわかっていた方がいいのよ,とのことであった.私よりも理解があるようです.さて,新聞にこの記事が掲載された2日,仙台から早めに山形に向かい,いつもは日曜日にいく本屋さんでこの本を購入した. ここでこの小説の内容を紹介するのは,野暮なことであろう.予想に違わず面白かった,十分に楽しんだ,考えさせられた,とだけ述べておきましょう. 今回の小説は4年ぶりなのだが,彼は実に寡作な作家である.今回の本を含めて,これまで,たった6冊の本しか出していない.私の持っている本を出版順に挙げると,次のようになる(すべてを網羅しているか心配であるのだが). 1.「汝ふたたび故郷へ帰れず(リバイバル版)」(表題作の他3編所収.表題作は文藝賞を受賞.) 単行本:河出書房新社,2000年,325ページ.オリジナル版は1989年に発行. 2.「雷電本紀」 単行本:河出書房新社,1994年,435ページ. 文庫本:河出書房新社,1996年,512ページ.久間十義氏によるインタビュー記事. 3.「神無き月十番目の夜」 単行本:河出書房新社,1997年,339ページ. 文庫本:河出書房新社,1999年,383ページ. 4.「始祖鳥記」 単行本:小学館,2000年,397ページ. 文庫本:小学館2002年,509ページ.北上次郎氏による解説記事. 5.「黄金旅風」 単行本:小学館,2004年,485ページ. 文庫本:小学館,2008年,604ページ. 飯島君の本は,どれもこれも読み応えがあり,読み終えた後は,その内容が,ずっしりと重く残る.そんな中で,代表作は何かと言われれば,私は「神無月十番目の夜」を挙げたい. この小説は,「硬派」の時代劇小説というのであろうか,全編,なんとも暗く,そして重々しい.江戸時代の初期,現在の茨城県のある村の人たちが,突然いなくなってしまったところから物語は始まる.その理由を,城から派遣された一人の役人が,謎解きをする,という話である. 私は最初,この小説の文体にまったくなじめず,何度読み直しても数十ページ目あたりで挫折してしまう.それがあるとき,この数十ページの壁を越えることができた.そしたら,俄然読めるのである.次第に面白くなり,読むのを止められなくなり,後は一気呵成,夜遅くまでこの本に付き合った. その後,この本を私の連れ合いに渡した.後で聞いたのだが,連れ合いもまったく同じような事情であったらしい. 出版当時の新聞(確か朝日新聞)に,この小説に対する書評が掲載された.評者は忘れてしまったが,文中に,読者に「おもねない」文体なる表現がなされていた.まったくその通りだと思う.この文体こそが,物語の主題,そして本を貫く雰囲気にまったくぴったりなのであった. 飯島君とは高校の1年と2年で同じクラスであった.もう十年も前のことだろうか,同窓会が蔵王温泉の,同じく同級生のS君が経営するホテルで開催された.恩師の先生方もお招きし,70人程度の同級生が集まった.この中に,飯島君もいた. 宴会終了後,ほとんどの参加者はホテルに泊まったのだが,何人かはタクシーで帰宅した.私も彼も,その帰宅組みであった.たまたま飯島君とおなじタクシーで帰ることとなったが,そのタクシーの中での話である.私が,「飯島のこれまでの実績なら,いろんな出版社から,短編,中篇などの原稿を書いて欲しいという申し出がたくさんあるだろうに,どうして書かないの」とたずねた.彼の答えは,「締め切りがあるような中で書く小説では,どうしても妥協してしまう,それが嫌でね.俺は,書きたいことしか書かない主義をとっている」という答えだった.まったく,彼らしい答えである. これも何年も前のことであったが,ある週刊誌(確か週刊新潮)に彼の記事がでた.「孤高の作家飯嶋和一」のような表題だったと思う.その記事には,何度も大きな賞の授与が打診されているが,彼は頑なに断っている,と書かれていた.その賞は,彼の小説を出している小学館と異なる出版社の賞なので,小学館に恩義を感じている彼は受けないのだ,という.今度会うとき,彼の本心を聞いてみたいと思う. 飯島君には,これからもたくさんの小説を書いて欲しいものである.彼の小説と付き合っている時間は,まったく至福の時間である. 2008年8月15日記 website top page |