出張時の楽しみの一つ |
年に何度もあるわけではないが,国内でも海外でも,出張先である程度まとまった自由時間が取れることがある.時間が取れることが予めわかっているときは,美術展などの情報を仕入れて出張することが多い.この(2008年)9月,そのような機会が2回もあった.1回目は東京出張のとき,2回目は所属している学会が開催された広島出張のときである. 東京のときは,会議の予定終了時刻が,なんと20時45分であったので,その日のうちに仙台に戻ることをあきらめ,宿泊することとした.次の日は土曜日なので,午前中に美術展に行くことにしたのである. 美術展とは,上野の東京都美術館で開催している「フェルメール展」である.ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer,1632-1675,オランダ)は,あまりにも有名な画家なので,相当の混雑を覚悟していた.しかし,当日未明に台風13号が関東の南の沖合を東へと抜けたのだが,そのせいであろうか,思ったより人出は少なかった.それでも,開館の30分前に着いたときには,既に50人ほどの人たちが,列を作って並んでいた. フェルメールは寡作な作家として知られる.現在フェルメールの作品とされているものは,36点にすぎない.今回の特別展では,そのうちの7点が展示された.現在,フェルメールの作品を一番多く所蔵しているのは,5点を有するニューヨークのメトロポリタン美術館であるという.日本には残念ながら1点も所蔵されていない.そんなことから,今回の特別展,世界の美術愛好家の垂涎の的であるらしい. 今回の美術展の正式名称は,「フェルメール展 −光の天才画家とデルフトの巨匠たち−」である.17世紀半ば,オランダの小都市,デルフトでフェルメールと同時期に活躍した画家たちの作品も含め,全38点が出展された.入り口からの数部屋と,出口前の数部屋にはフェルメール以外の画家たちの作品が,真ん中の二部屋には,フェルメールの作品が展示されていた. 感想を書けば,写真で何度も見ているのだが,実物はやはり素晴らしかったということである.他の画家たちに申し訳ないのだが,フェルメールの作品は,断然抜きん出ているように思う.フェルメールのどの作品も,その精緻な描写には,驚くばかりである. フェルメールの作品は,さりげない日常の,ある瞬間を捉えた(ような)ものであるが,どれもこれも,その背後に物語性を感じてしまう.作品にはいろんな「小物」,あるいは「小道具」が配置されており,それぞれに寓意が込められているという.当時のオランダの世情や宗教的背景が色濃く反映されているらしいが,そのようなことを知らずとも,作品は十分に私たちに語りかけてくれる. 館内の混雑の度合いもたいしたことはなく,どの作品も近くでゆっくり鑑賞でき,とても幸せな気分になった.出口まで行って,再びフェルメールの作品を見に,戻ったくらいである.このフェルメール展,今年12月14日までの開催である.機会があったら,是非また行きたいものである. さて,2回目は,広島出張のときである.今年の日本海洋学会秋季大会は広島県呉市で開催された.現在,副会長を務めていることもあり,本当は全日程出席しなければならないのだが,期間中本学の学位記授与式があったため,研究発表の2日目の夕方から出席した. ところで,仙台と広島を結ぶ航空便は1日1便,広島からの出発時刻は14時台である.そのため,仙台への移動日は,午前中自由時間となった.この時間を利用し,印象派の画家の作品を多く所蔵しているという「ひろしま美術館」を訪れることとした. ドラクロア,クールベ,ミレー,コロー,マネ,モネ,ルノアール,ドガ,モディリアニ,もう書ききれないほどの著名な作家の作品が,2つの建物の8つの展示室に,品良く展示されていた.どれこれも,見事な作品であったが,思いもかけず素晴らしい作品に出会った. それは,パブロ・ピカソ(Pablo Picasso,1881-1973)の「仔羊を連れたポール,画家の息子,二歳」(縦130.0×横97.0cm)と題する作品である.1923年,息子ポールが二歳に成長したのを機会に描いた肖像画である.真ん中にポールが前方をしっかり見据えて立っており,向かって右側横には仔羊が配置されている.ぼんやりと彩色された上に,黒の力強い線で輪郭が描かれている,「清々しい」作品である.写実的というわけではないが,デフォルメされていない見た目に近い形の表現である.描かれているポールのなんと可愛らしいことか. この作品の隣には,2年前の1921年に描かれた「母子像(子供を抱く女)」(27.5×21.8cm)が掲げられていた.描いた年は,たった2年の違いであるが,こちらは,写実からは程遠い,手や足が極端に太い,デフォルメされた母子像である.この時代ピカソは,「キュービズムの後,再び古典的なヴォリュームを持つ人体表現へと立ち返った“新古典主義の時代”には力強い母子像が主要なテーマとなった」,と解説資料に書かれていた.そのような時代ではあるが,我が子の表現には,きちんと写実的な表現をとっていることに大きな興味を持った. このピカソの作品1点に出会っただけで,「ひろしま美術館」を訪れた価値があったと思う.国内・海外に限らず,美術館などへの訪問は,私の出張時の楽しみの一つである. 2008年10月15日記 website top page |