徒然なるままに(2010年2月)
1.浅川マキさん,合掌

(2010年)1月18日(月)の夕方,インターネットのニュースで,浅川マキさんの急死を知った.コンサートのために滞在していた名古屋市内のホテルで,前日,急性心不全のために亡くなったという.享年67歳.

この日,別の用事があったことも理由なのだが,浅川マキさんの歌を久しぶりに聴こうと,早めにマンションに帰った.

浅川さんの歌との出会いは,1970年代前半の大学教養部時代である.黒ずくめの衣装で,少し猫背気味の恰好で,そして絞りあげるようなダミ声で歌っていた浅川さんが目に浮かぶ.

マンションにあるレコードの中から,その当時買った彼女のアルバムを探した.マンションには4枚のアルバムがあった.その夜,酒を片手に,そのうちの2枚のアルバムを久しぶりに,そしてしみじみと楽しんだ.

レコードを聴いている途中,連れ合いに電話し,浅川さんが亡くなったことを話題にした.連れ合いは,彼女のコンサートに行ったことを思い出すという.そうでしょうとも,私と一緒に行ったのである.教養部時代,ここは確かではないのだが,コンサートは本学の川内記念講堂(現在の萩ホール)で行われたのだと思う.

そのコンサートを,今ではとても許されないことだが.持っていったカセットデッキで録音したことも思い出した.そのテープがどこかにあるはずなのだが,残念ながら見つけられなかった.教養部以来,何度も引っ越しているし,何度も地震にあっているので(地震が起こると,カセットテープやCDはいつも散乱してしまう),紛失したか,損傷したので捨ててしまったのかもしれない.もっとも,30年以上も前なので,カセットテープが残っていたとしても,もう聞けるようなものではないと思うのだが,それにしても残念である.

翌19日(火)の新聞各紙には,浅川さんが亡くなったことを伝える記事が掲載された.写真入りの,思いの外,大きな扱いに驚いた.「アングラの女王」だそうである.決してテレビやラジオなどには出ようとはせず,小さな会場やジャズ喫茶などが彼女の活動の場だったと思うのだが,彼女の歌は多くの人を魅了し,そして今でも多くの人の心に焼き付いていることを物語っている.

彼女の歌はどれもこれも印象的である.中でもとても好きな歌,というよりも歌詞がある.それは,1972年にリリースされたアルバム「LIVE」の最後に収録されている「さかみち」の一節である.

「その夜も遅く坂を戻ってきた/ふと見ると部屋に明かりがついていた/なんだかうれしくなって立ちどまったが/わたしにはわかっていた/あれは消し忘れだってね」(作詩浅川マキ)

一人暮らしばかりで,いつも暗い部屋に帰ることになる私にとって,この歌詞はジーンと響く.

さて,その週の週末,化学専攻の畏友F先生と酒を酌み交わす機会があった.彼とは同い年で,同じ年に東北大に入学した.「浅川マキさん,死んじゃったよ」と私が言うと,「そうなんだってね,その日(18日),K先生からメールで知らされたよ」とのことである.なんでも,F先生,K先生に,あなたは浅川マキそっくり,と日頃話していたらしい.そうか,そう言えば雰囲気が・・・.そんなこともあり,その夜,まだ研究室にいたK先生を呼びだし,朝の3時まで酒を飲む羽目になった.もっとも,酒の肴は,浅川マキさん一色ではなかったのだが.

浅川マキさん,多くの人に慕われていたのですね,合掌.

2.デパート不況

このごろ,新聞などで,デパートの不況が何度も報じられている.デパートの売上高は,ここしばらく,前年割れが続いているらしい.業績は,まさに右肩下がりである.また,有楽町の西武百貨店やパリの三越など,有名な店舗の閉店も相次いで報じられている.さらに,コンビニエンスストアやスーパーマーケット,そしてデパートも傘下に持つ大手小売業界の会社のトップが,デパートという形態の小売スタイルを,今後辞めることも選択肢の一つであると発言した,との報道もあった.

大都市以上に地方都市のデパートは苦戦しているらしい.地方都市の顔として知られた老舗デパートの閉店も相次いでいる.アウトレットモールなども含め,郊外に大型ショッピングセンター(SC)が進出していることが,その要因であるらしい.SCの特徴は,広大な駐車場を備えていること.地方都市は車社会,確かに街なかでは,駐車場が心配である.街なかでは駐車場もほとんどが立体式,そして割引があるとはいえ,料金を払わなくてはいけない.駐車一つとっても,街なかはとても面倒で,これではやはり考えてしまう.

(2010年)2月11日(木)の朝日新聞に,明治大学の鹿島茂先生が,「デパート 文化空間必要−再建へ『とにかく来させる』カギ」なるエッセイを寄せていた.デパート不況が深刻化しているが,再生のためには,何をおいてもまず人を来させることが重要だ,と指摘する.そして,そのためには,この間合理化のために放棄(整理)していった「文化空間」をデパート内に再生することが肝要だと主張する.

鹿島先生のこの指摘,なるほど,なるほどである.確かに,デパート内に魅力的な文化空間があれば,それは行く機会が増えますね.例えば,デパートの上階に,そんなに大きくはなくとも,洒落た素敵な美術館やコンサートホール,劇場,そして,レストランや喫茶店などを備えたらどうなのだろう.きっと足を運ぶ人が増えるに違いない.そうなればしめたもの,後は商品の魅力で勝負,でしょうか.

私は田舎育ち.子供のころ,年に何度デパートに行ったのだろうか.ほんの1〜2度だと思うのだが,今でも断片的にその場面を思い出すことができる.きっと,楽しみにしていたに違いない.当時(50年前を想定),山形には,二つの地元デパートがあった.そのうちの一つは,その後中央の大手デパートに買収された.しかし,業績は回復せず,もう何年も前のことだが閉店した.

閑話休題.さて,デパートという小売形態,これからもずっと存続できるのだろうか.街なかからデパートがなくなってしまうのだろうか.「デパートは文化そのものだ.文化は守るべきものなのだ!」なんて,誰か言いだしませんかね.鹿島先生,一歩進んで,この主張いかがですか.


2010年2月15日記


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