運も実力
12月28日は,官公庁では「御用納め」の日であり,翌日以降,1月3日まで年末年始の休みとなる.官公庁では御用納めの行事として,それぞれの機関の長が1年の労苦をねぎらい,次の年への期待などを込めた挨拶を行う.県知事や市長が行った挨拶の内容は,テレビニュースで報じられたり,翌日の新聞の地方版に紹介されたりする.

さて,本部局でも事務室に事務系職員,技術系職員,教育研究支援部職員を集めて,部局長が話をすることが恒例となっている.今回私は,題を付けるとすれば「運も実力」であろうか,大要以下の話をした.

早いもので12月28日,御用納めの日を迎えることになった.理学研究科も2010年を大過なく終えることができるようで,喜んでいる.これもひとえに,事務部,技術部,そして教育研究支援部の皆さんの,研究科への日頃の献身的な活動のおかげであると思っている.感謝したい,有難うございました.

さて,せっかくの機会なので,一つ,話をしたい.先週の木曜日,12月23日の天皇誕生日,川内キャンパスの萩ホールで,本学と読売新聞社共催のサイエンス講座が開催された.今年,大いに話題になった小惑星探査衛星「はやぶさ」に関する講座である.この講座で,宇宙航空研究開発機構のはやぶさプロジェクトのリーダーである川口淳一郎先生が,約1時間の講演を行った.

大きな仕事を成し遂げた方の話には,含蓄のある言葉がたくさんある.川口先生の講演にも感心した言葉がたくさんあった.その一つが,「運も実力」というものだった.

よく私たちは,私はなんと運が悪いのだろう,それに比べてあの人はなんと運が良いのだろう,などと言いたがる.しかし,そうなのだろうか,ということである.

川口先生は言う,「運はそこら中に転がっているものである.そのこと自体は,私たちが自分でコントロールできるものではない.しかし,この転がっている運を拾うのは,これはその人の実力なのだ」と.

はやぶさのプロジェクトで,どの場面で運が良かったのか,説明はなかったが,このようなことが多くの場面で起こっていたのだろう.

この運も実力という言葉は,多くの人が指摘している.2002年にノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生も,少し異なる表現でこのことを話した.2003年,理学研究科で3つの21世紀COEが採択されたのを機会に,キックオフ・シンポジウム(事業の開始にあたってのシンポジウム)を開催したとき,小柴先生の招待講演があった.その講演後の質疑応答の際,ある先生が,「先生がカミオカンデでニュートリノを検出したのは偶然のように思えるのだが」と質問した.そのときの小柴先生の答えは,「(他の人はニュートリノ検出の準備をしておらず)私だけが準備していたから,観測できたのです」であった.

そうそう,フランスの細菌学者であるルイ・パスツール(Louis Pasteur,1822-1895)の言葉に,「偶然は準備のないものには微笑まない」というものがある.小柴先生の回答は,まさにパスツールと同じものであった.

さて,最近,「さかなクン」が絶滅したと考えられていた幻の魚,クニマスを70年ぶりに(再)発見したことが報じられた.天皇陛下も,誕生日に当たっての国民へのメッセージで,さかなクンの貢献を称えたという.

私自身はさかなクンをよく知らない.魚の恰好をした帽子をかぶり,白衣を着て,いつもおどけているような,チャラチャラとした印象を持っているにすぎない.しかし,東京海洋大学の客員准教授であることを考えると,その道で努力していたからこそ,この発見に結びついているのだと思えるのである.

もう絶滅したと考えられているクニマスであるが,富士五胡の一つ,西湖(さいこ)で生きながらえていた.この間,漁をしている人や釣り人,多くの人がクニマスを絶対見ているはずなのである.それでも,クニマスの発見には結びつかなかった.

クニマスのイラストを描いてほしいという依頼に,可能限り正確に描こうとしたさかなクンは,多くの漁協にサンプルを送ってほしいとお願いしたようだ.そのお願いに応えたのが西湖の漁師である.送られたサンプルに,一匹のクニマスが紛れ込んでいた.サンプルを見たさかなクンは,色黒い魚を見て,通常のヒメマスではないと見破り,大学の専門家に鑑定を依頼したのが,この大発見に結びついた.そう,さかなクンも日々努力していたのである.

私も「運も実力」ということに同意する.この運を拾うには,日頃の研鑽が重要なのだと思う.日頃の仕事を大事にきちんとこなすことが,力を養うことだと思っている.皆さんにとっての幸運が何であるのか私にもわからないが,幸運を呼び込むためにも日々職務に励んでほしい.

明日からの年末年始休暇は,曜日の巡り合わせが悪く,6日間であるが,2011年を乗り切れるよう,心身ともに英気を養って頂きたい.今年一年,有難うございました.


2011年1月15日記


追記:この欄を読んで下さる皆さん,ご心配をおかけいたしました.この間,いつもにもまして時間の取れない,忙しい日が続いておりました.今回アップしたものは,内容が示す通り,かなり前から準備していたのですが,なかなか仕上げができずに時間だけが過ぎてしまいました.次回からは定期に出せるよう,努力します.(2011年2月3日記)


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