理学部物語に掲載されたエッセイ
どの部局もそうだろうが,私たち理学部でも高校生向けに研究や教育内容を紹介するリーフレットを作成している.「理学部物語」と名付けられたこのリーフレットが初めて作成されたのは,1997年のことである.以来,数年おきに改訂されてきたが,もっと読者に親しみやすいものにしようということで,教育研究支援部の広報室が中心となって昨年(2010年)来,リニューアルを行ってきた.

新しい理学部物語は,7月末に行われるオープンキャンパスに間に合わせるべく作業が進められ,無事7月上旬に納品された.これまでのリーフレットはA4版縦型であったが,新しいものは小さなサイズの横長になった.これまでのように組織や歴史,研究や教育内容を伝えるのではなく,現在理学部で研究している人,学んでいる人,という理学部に現在いる人に焦点を当てたものとなっている.

さて,新しい理学部物語には,新たに「コラム」が設けられ,その原稿は私にお鉢が回った.そして悪戦苦闘の末に最初に編集委員会に届けたのが,先にこの欄で紹介した「理学とは,大学とは,研究とは」と題するものであった(No. 69,「あえなく没になった原稿」,2011年3月15日付).

ところで最近,数学専攻のY先生と地球物理学専攻のS先生から,相次いで「エッセイのこと,全くそうですね」とか,「あれは面白かったですよ」と言われた.理学部物語が配布されて以来,コラムの評判が気になっていたのだが,少し気分を良くしたので,今回,実際に掲載された原稿を紹介しようと考えた.幸い,広報室にこの欄への転載をお願いしたところ,快諾していただけた.同時に,広報室からは,高校生からも面白いとの感想があったことも知らされた.

<「Sakana-Kun」ではだめなのか? 論文の著者名について.>

昨年(2010)末以来,「宮沢正之」さんが,時の人である.この間,何度もメディアで騒がれた.えー,宮崎正之さんなんて知らないですって.では,「さかなクン」と呼んだらどうだろう.

そう,宮沢正之さんは,70年ぶりにクニマスの再発見に貢献したタレントのさかなクン,その人である.それまでマスコミには,本名や生年月日などの個人情報を一切教えていなかったそうだが,あることを機会にばれてしまった.

私自身はさかなクンをよく知らなかった.魚の恰好をした帽子をかぶり,白衣を着て,いつもおどけているような,言葉使いもなんとなく「ギョ(魚)!」,そして全体的にせわしない人という印象を持っているにすぎなかった.しかし,イラストレーターだけあって,素晴らしい観察眼を持っていたのである.

クニマスのイラストを描いてほしいという依頼に,可能限り正確に描こうとしたさかなクンは,多くの漁協にヒメマスのサンプルを送ってほしいとお願いした.そのお願いに西湖(さいこ)の漁師の一人が応えた.さかなクンに送られたサンプルの中に,クニマスが紛れ込んでいたのである.サンプルを見たさかなクンは,色黒い魚を見て,通常のヒメマスではないと見破り,専門家である京都大学の中坊徹次教授に鑑定を依頼したのである.これがクニマス再発見のきっかけであった.

ところで,本名がばれたできごととは,サンプルを鑑定した中坊先生が,確かにクニマスであると判断した根拠を記した論文を,日本魚類学会誌電子版に掲載したことである.この論文に,さかなクンも著者の一人として,本名で名前を連ねたのだ.

さかなクンが論文の著者の一人として名前を連ねるのは当然でしょうね.さかなクンがヒメマスではなさそうだと判断して中坊先生にサンプルを送らなければ,この再発見はなかった.すなわち,さかなクンは,クニマス再発見に本質的な役割を担ったのである.

論文掲載を報道した(2011年)2月22日の新聞各紙のほとんどの記事は,「さかなクンも本名で名前を連ねた」とだけ書いていた.ところが一紙,全国紙のS新聞だけは,「(略)『さかなクン』も『宮沢正之』の本名で名を連ねた」と書いた.ほとんどの新聞は,本名は伏せておきたいというさかなクンの希望を尊重した措置であったのだろう.もっとも,S新聞が書かなくとも,興味があれば,日本魚類学会英文誌へ掲載された論文を見れば分かることなので,S新聞がどうのこうのではないのだが.

さて,ここで論文の著者名の話である.どの学術誌でも,著者名は本名でなければいけない,などというルールは一切ない(はずである).まったく勝手につけた名前や,極端には記号,「凸凹 ○×」でも構わないはずである.

これで有名なのが,統計学者のW. S. Gosset(1876-1937)が,「Student」なるペンネームで論文を書いていたことである.資料解析をしている人は誰もが使ったことがあろう「Studentの t テスト」のStudentである.Studentとは,そう「学生」ですね.学生という名の著者が論文を書いていたのです.さかなくンはどうして本名で論文に名を連ねたのだろう.私は,「さかなクン」(英文論文であるので,「Sakana-Kun」であろうか?)でも良かったのに,と思うのだが.中坊先生がこうしたのですかね.あるいは雑誌の編集担当者が,こんなふざけた名前ではいかがなものか,などとクレームをつけたのですかね.

最近,論文のデータベース化が進み,また,どの論文がどの論文に引用されたかを調べる会社や,公的な機関も多くなった.そのようなときに困るのが同姓同名の研究者がいる人である.日本には多くの姓があるものの,それでもポピュラーな姓のときは,同姓同名の人が多くなる.そうすると他人がデータベースを使ってその人を特定することは,困難になる.名前の方を頭文字だけで指定して検索するようなときは,輪をかけてそうなる.実際,Scopusというデータベースに,私の名前「K. Hanawa」を入れて検索すると,優に10人は出てくる.花輪は決してありふれた姓ではないと思うのだが,このありさまです.

そんなことを心配してだろうか,日本人でもミドルネームを付けて著者名にする研究者が多くなってきた.私自身は,既にここまで来てしまったので,いまさらどうのこうのではないが,若い方にはこのミドルネームの使用を薦めたい.もちろん,個人をより容易に特定するための手段として.

さて,話しを戻して,さかなクンの話をもう一つ.研究室のS君から聞いた話である.クニマスの再発見以来,さかなクンは何度もメディアに登場しているが,NHKに視聴者から投書があったらしい.「さかなクン」は,それが芸名であるので,報道するときは「『さかなクン』さん」とすべきではないかと.

この指摘,然りなのだが,どうですかねー,どうも落ち着きません.どうも落ち着かないので,この原稿でも「さかなクン」と呼び捨て(?)にしたのであります.

追記:
理学部物語も含め,本部局が出している広報誌は,下記のウェッブサイトからダウンロードできます.興味のある方はご覧ください.
http://www.sci.tohoku.ac.jp/ja/about/publications/index.html

2011年9月15日記


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