フェルメールからのラブレター展 |
この(2011年)10月30日の日曜日,連れ合いと山形の家から紅葉狩に行こうと車で月山の方に出かけた.しかし,あいにくの曇り空と,紅葉まで少し早かったことがわかり,途中でUターンし,急遽目的地を仙台に変えた.宮城県美術館で開催している「フェルメールからのラブレター展」を見るためである. 高速道が混んでいたこともあり,美術館には夕方に着いた.日曜日なので多くの入場者がいるだろうと覚悟をしていたのだが,予想に反して少なく,ゆっくりと,マイペースで鑑賞することができた.いやー,確かにフェルメールの絵はいいですね.思わず,フェルメールの絵の前で長居をしてしまいました.美術館には1時間半ほどの滞在だったが,何とも幸せなひと時を過ごした. さて,この展覧会では,フェルメールの3作品を鑑賞できる.「手紙を読む青衣の女」(製作は1963-64年ごろ),「手紙を書く女」(1665年ごろ),そして, 「手紙を書く女と召使い」(1670年ごろ).このうち,「手紙を読む青衣の女」は,2年にわたる修復を経たばかりで,修復後世界初のお披露目である. この展覧会の正式名称は,「フェルメールからのラブレター展 コミュニケーション:17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ」である.フェルメールの絵は,絵の題名通りすべて手紙が主題だが,他の画家による絵も,何かしら人と人とのつながり,すなわちコミュニケーションをテーマにしているものが選ばれている. この展覧会,宮城県美術館での開催は,京都市美術館(2011年6月25日〜10月16日)に次ぐもので,期間は10月27日から12月12日までの47日間である.宮城県美術館開館30周年記念企画で,この3月の大震災の影響で開催が危ぶまれたが,関係者の努力で実現にこぎつけたという.このあと,東京渋谷のBunkamuraザ・ミュージアム(12月23日〜2012年3月14日)で開催されることになっている. 今年,フェルメールの作品を見るのは二度目である.一度目は,Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された「フェルメール『地理学者』とオランダ・フランドル絵画展」(3月3日〜5月22日)であった.東京出張のついでの5月14日に訪れている.フェルメールの作品は「地理学者」の1点だけであったが,17世紀のオランダの画家たちの作品を集中してみることができた. ところで,3年前の2008年9月には,上野にある東京都美術館で開催された「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」(2008年8月2日〜12月14日)にも行っている.これについては,本欄の「出張時の楽しみの一つ」(No. 40,2008年10月15日)で取り上げた.この展覧会では,次の7点のフェルメール作品を見ている. 「マルタとマリアの家のキリスト」,「ティアナとニンフたち」,「水路」,「ワイングラスを持つ娘」,「リュートを調弦する女」,「ヴァージナルの前に座る若い女」,「手紙を書く婦人と召使い」(今回と同じ作品). 書いていて,題名が微妙に違うことに気づいた.今回は「手紙を書く『女』と召使い」という題が付けられているが,2008年の展覧会では「手紙を書く『婦人』と召使い」であった.絵を見る限り,手紙を書いているのはある程度の年齢の女性なので,「手紙を書く女」ではなく,「手紙を書く婦人」がいいような気がするのだが,どうだろうか. 東京都美術館のウェッブサイトによると,2008年の展覧会には約93万人の方が訪れたという.単純に計算すれば,1日約7000人の人が訪れたことになる.今回の宮城県美術館は,期間中10万人の入場者を見込んでいるという.開催期間は47日なので,1日当たり約2100人である.ちょっと少なめの見積もりと思えるのだが. 11月8日の朝日新聞の1面を見て驚いた.何と,来年6月にフェルメールのもっとも有名な作品であろう「真珠の耳飾りの少女」が日本に来るとの記事が出ていた.現在改装中の東京都美術館の,リニューアル後初の特別展となる「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」展(2012年6月30日〜9月17日)の中の1点だという.これは楽しみが増えました.是非,行かなくては. フェルメールの作品は本などで何度も見ているので,実際にどの作品を鑑賞したのか,実はあやふやになっている.いい機会なので,ここでまとめておこう.フェルメールの作品,日本には1点もないので,日本で見たのは上記3回の展覧会がすべて.この中で,1点は2度見ているので,この3回の展覧会で計10点である. 次に海外.私が海外で訪れた美術館の中でフェルメールの作品を所蔵しているのは,フランス・パリのルーブル美術館と,アメリカ・ワシントンDCのナショナル・ギャラリー・オブ・アート.それそれ2点,4点を所有している.今回の「手紙を書く女」はナショナル・ギャラリー所蔵である.すなわち,私はこれまで,国内で10点,海外で6点,1点がダブっているので,計15点を鑑賞したことになる. ところでフェルメールの作品の数については,諸説あるらしい.長い間全36点と言われてきたが,2004年,鑑定の結果「ヴァージナルの前に座る若い女」が追加されて37点になった.その中で,ほぼすべての研究者が認める真作は32点という.残りの5点については,研究者間でも異論があるのだそうだ. さて,今年5月に「地理学者」を鑑賞して以来,フェルメールに関する本を3冊,手に取った.1冊目は「ビジュアル選書 レンブラントとフェルメール」(岡部昌幸著,新人物往来社,2011年3月,143ページ).2冊目は,「フェルメール全点踏破の旅」(朽木ゆり子著,集英社新書ビジュアル版,2006年9月,250ページ).なお,上記の真作かどうかという話は,この本に記述によった. そして,3冊目は,「フェルメール 光の王国」(福岡伸一著,木楽舎,2011年8月,256ページ)である.この福岡さんの本,この夏,新聞の書評欄に紹介されたこともあり,読んでみたいと本屋で探していた.なかなか見つからなかったので,展覧会開催を前に,インターネット通販で急いで購入した.この「フェルメール 光の王国」は,4年前の2007年から,全日空の機内試「翼の王国」に連載していたものをまとめたもので,私も機内で断片的に読んでいた. 著者の福岡伸一さんは生物学者で,現在青山学院大学の教授である.多くの著書があるが,中でも「生物と無生物との間」(講談社現代新書,2007年5月,285ページ)は大ベストセラーとなった.感性が豊かで,文章による表現がとても巧みな方である.いまやマスコミに引っ張りだこですね. この本によると,福岡さんのフェルメールの作品に対するキーワードは「微分」である.この見方,本書を貫いている.多くの個所でこの表現が使われているが,2か所だけ引用してみよう. 「《微分》というのは,動いているもの,移ろいゆくものを,その一瞬だけ,とどめてみたいという願いなのです.カメラのシャッターが切り取る瞬間。絵筆のひと刷きが描く光沢.あなたのあのつややかな記憶.すべて《微分》です.人間のはかない”祈り”のようなものですね.微分によって,そこにとどめられたものは,凍結された時間ではなく,それがふたたび動き出そうとする,その効果なのです」.(42ページ) 「フェルメールはまさに,ガリレオとカッシーニとともに生きた.フェルメールは,ライプニッツやニュートンとまったく同じ願いを持っていた.そしてそれぞれ別の方法で同じことを達成してみせたのだ.この世界にあって,そこに至る時間と,そこから始まる時間を,その瞬間にとどめること.フェルメールは絵画として微分法を発見したのである.科学と芸術は不可分だった」.(238ページ) フェルメールの絵の多くは,一連の動作の,その一瞬を切り取っている.そう,描かれた人が,今にも動き出しそうな絵が多い.福岡さんは,それを「微分」と表現した.なかなかうまい表現,さすがです,脱帽. 福岡さんのこの本で表現したかったもう一つの主題は,顕微鏡を発明し,それを用いて多くの微生物を発見したアントニ・ファン・レーウェンフック(Antoni van Leeuwenhoek,1632-1723)とフェルメールの関わりである.レーウェンフックは,フェルメールと同じデルフトで,同じ年の同じ月に生まれている.そして,フェルメールの「地理学者」や「天文学者」のモデルとも言われている.この関わりについては,ここでは触れませんので,どうぞ本書を読んでください. 福岡さんのこの本,観点も文章も,そして小林廉宜氏による写真も素晴らしく,フェルメールファン必読,必見の書です.福岡さん,今年この本で,何か賞をとりますよ,きっと. ところで,今回のフェルメール展,期間中何度かは行くだろうということで,1500円の当日券より200円安い前売り券を,4枚も購入していた.ところが,この展覧会が始まる前日の10月26日(水)開催の教授会で,本学は宮城県美術館と協定を結んだので,入場料は半額になるとのアナウンスがあった.えー,もっと早く教えてくれればねー,こんなにたくさんの前売り券を買わなかったのに.さてさて,購入した前売り券,どうしましょう,せっせと見に行かなくてはいけませんね. 2011年11月15日記 website top page |