徒然なるままに(2012年9月) |
1.アスリートは何故メダルを噛むのか 日本選手団が史上最多の38個のメダルを獲得したロンドンオリンピックが終わった.金メダルの数こそ目標に及ばなかったものの,多くの競技で日本人選手が活躍し,国内も大いに盛り上がった.二度目の東京オリンピック招致に向けて,弾みがついたのではなかろうか. さて,リアルタイムで見ていての話ではないが,テレビのニュース番組で,アスリートたちの面白いというか,気になるというか,そんな仕草に気づいた.それは,表彰台で写真撮影を受けているとき,メダリストたちがメダルを噛むポーズをとることである.もちろん,実際に噛んでいるのではなく,噛むようなポーズとることである. このポーズ,日本人メダリスト全員ではないのだが,特別な例でもなく,少なくない選手がとっていた.また,日本人選手だけかと見ていると,外国の選手の中にも同じようなポーズをとる人がいた.メダルを噛むポーズをするのは,万国共通なのだと思わざるを得ない. さて,学術の領域でも,優れた業績を挙げた人を顕彰する際,メダルを副賞としている賞も多い.私が参加している日本海洋学会や日本気象学会でも,賞にはそれぞれ副賞としてメダルがついている.ただ,ほとんどの場合,表彰式ではメダルは箱に入れたまま手渡され,その場で首にかけることはない.しかし,中には,表彰式でメダルを首にかける学術賞もあることはある.それでもそのような場合,私は受賞者がメダルを噛むポーズをとる場面には出会ったことがない.メダルを噛むポーズをとるのは,アスリートだけなのではないか. ともあれ,このメダルを噛むポーズ,いつごろから始まったのだろうか.何十年も前には,このようなことはなかったと思うのだが.例えば,1964年に東京で開催された夏のオリンピックや,1972年に札幌で開催された冬のオリンピックの日本のメダリストたちに,メダルを噛むポーズをとった人は皆無だと思うのだが….最近といってもいつだったのか,はっきりとは指摘できないが,柔道の谷亮子選手がこのようなポーズを取っていたのが印象的であった. さて,こんなことが気になっていたので,8月の中旬,久しぶりの研究室の人たちとのナイトサイエンスの折,この話をしてみた.「いい答えだったら,座布団一枚」のノリだったのだが,残念ながら皆を唸らせるような名回答は誰からもなく,話は盛り上がらなかった. そんな中で,O君から,金属としての「金」の品質を調べるため,昔は小判などを噛んだというが,そのようなことなのでしょうかね,というのがでた.確かに時代劇などでは,品質を判定するために,小判を噛む場面が出てくる.しかし,メダリストにとって金の品質など気にしていないだろうし,銀メダリスト,銅メダリストも同じポーズをとるので,ちょっと違うのではないか,などと反論が出た. 「メダリスト 夢じゃないかと 噛むメダル」 この川柳は,(2012年)9月5日の毎日新聞の「仲畑流万能川柳」欄に掲載された,福岡市の村上輝勝さんの作品である.夢じゃないかと「ほっぺたをつねる」ならぬ,「メダルを噛む」,というのである.ふむふむ,そうかもしれないが・・・. 愛(いと)おしいものや愛するものは,食べたくなるという.例えば,赤ちゃん,皆さん,食べたくなりませんか.いや,ならないってー.でも自分の赤ちゃんならそう思うはずです,私の経験からしますと,そうです.ということで,自分が長い間努力して,勝ち取ったメダルである.それまでのことを考えると,その努力が,そして汗と涙がメダルに凝縮されているので,それは,それは自分が産み落とした愛おしいメダルである.だから,食べたくなってしまう,そこで,「食べる」ならぬ,「噛む」ポーズをとるのではなかろうか.これが現在の私の分析であるが,これで座布団一枚は,無理かなー. 2.中国度または周天度−「天地明察」の緯度経度表示は100進法− 先のこの欄に,沖方丁(うぶかた とう)さんの「天地明察」について書いた(最近読んだ本から,2010年6月,「沖方丁著『天地明察』」,No. 59-2).そしてその最後の方に,京都の梅小路の緯度が34度98分67秒と出てくるが,これは,34度59分12秒(=34.9867度)の間違いではないか,著者は何か勘違いをしているのではないか,と記した. その後,誰かがその様な指摘をして,本の記述がいつかは修正されるだろうと思っていたのであるが,なかなか修正されず,今年(2012年)に入って出た文庫本(角川文庫,2012年5月18日発行)にもこの数字がそのまま残った. そこで,この記述,間違いなのか,間違いでないのかが気になりだし,インターネットで調べてみた.「緯度経度」,「60進法」,「江戸時代」という三つのキイワードを,半角開けでつないで,検索エンジンGoogleで検索した.その結果,約700件の記事がヒットした(9月12日現在 ). 第1位でヒットしたサイトは,地図を発行している某出版社のものであった.第2位はある方のブログ,第3位は「Template:座標変換60進法」と題するWikipediaのサイト,さらに第4位は,ポインターを地図上で動かし,目的の場所でリックするとその場所の緯度経度を出してくれるソフトのサイトと続いた. そして第7位のサイトである.なんと「最近読んだ本から(2010年5月)」として私のウェッブサイトがヒットした.沖方丁さんの「天地明察」について記したファイルがヒットしたのである.これには正直驚いた. そして,次の第8位のサイトである.「(PDF)『天地明察』深読み」なるサイトがヒットした.A4版2枚の文章をPDFにしたもので,私の疑問にずばり答えてくれるものだった.少し長いのだが,その最初の方,頭から3パラグラフ分を引用する. 「6章11に,京都の梅小路で行われた北極出地(北極星の高さの観測から緯度を決めること)のデモンストレーションにおいて,陰陽師の末裔・安倍泰福が『34度98分67秒』を前もって正確に言い当てた,という劇的な場面が出てくる.もちろん作者による創作であろう. ここで『あれ?角度は時間と同じで1度=60 分,1分=60秒の60進法ではなかった?』という疑問を持った人は,まず合格である.(ちなみに,3章に出てきた数値ではいずれも分,秒の値は60未満であり,気がつかない.) この泰福の予想値の表記法,これは間違いではない.国土地理院の地図サイトで調べることができる京都市下京区の『梅小路公園』の現在の緯度は『北緯34度59分12.1秒』,小数で表すと34.9867度,この小数点以下を100 進法で読めば上の数値になるのである.当時天文測定で使われていた緯度の単位は中国度(周天度)といい,『1度=100分,1分=100秒』の100進法であった」. なんと,当時は,「中国度」あるいは「周天度」として,100進法を採用していたとのことで,正しい記述なのだという.これには参りました.先の私の文章には,この旨,注釈を付けないといけませんね.文章はよくよく調べてから書かないといけません,これは反省です. ところで著者は,上記の文章にさらに次のように続ける. 「しかしながら作者の几帳面さもここまでである.斬新で痛快な時代小説には違いないが,科学史の視点から見れば看過できない何重もの『誤謬ニテ候」がある」. ということで,この著者は,いくつかの視点からその誤り,というよりは正確に緯度を決めることの難しさについて,述べている.小説に書かれているような精度では,当時決して求まらなかったはずであると.でも,小説にそこまで求めるのは少し酷ではないかとも,思うのだが. この文書の最後の方に,「講義で紹介したように」などの記述があった.著者は大学関係者なのであろう.そこで,この文章の著者探しをしてみた.サイトのアドレスなどを手掛かりにした探した結果,元京都大学におられたT先生であることが分かった.T先生は統計物理学や情報科学などを教えておられたようで,現在も関西地区の私立大学にお勤めらしい.T先生,測地学を専門としていないにも関わらず中国度が出てくるなんて,誠に博識です. 2012年9月10日 website top page |