エッセイというメッセージ
最近の私は,無意識にエッセイを読みたがっているようだ.自分のことなのに「ようだ」とはひどい言いようであるが,自然とエッセイ集に手が伸びているのである.実際,「最近読んだ本から」の欄に,エッセイ集を取り上げることが多い.

昨年(2012年)12月2日(土),私が話題提供者となるティーサロン,「好きな作家の話をしよう」が開催された.このティーサロンは,理学研究科広報室のSさんとGさんがアイデアを出しているもので,私の企画は5回目とのことであった.私が好きな,現在,“追っかけ”をしている3名の作家について,その魅力を紹介するものであった.

私はこのティーサロンのために,予めレジュメを用意した.その中で,「最近良質のエッセイを欲している自分に気づく」と記した.そう,最近は小説よりもエッセイを,無意識に求めているようである.何気ないことに対する作者の感じ方や考え方に,これまで以上に興味を持つようになっているのであろう.

「最近読んだ本から」の26冊目に,作家小川 洋子さんのエッセイ集を取り上げた.「カラーひよことコーヒー豆」(小学館文庫,2012年9月,185ページ)である.そして一言紹介のところに,「小川さんは言う,『ささやかな一つのエッセイが,誰かのもとにちゃんと届いている.自分の仕事は決して一方通行ではなく,こちらが与えられる以上のものが返ってくる.この事実に接する時,私は最も幸福を感じます』と(あとがき,170ページ).すべてのエッセイに,小川さんの『人』を見る優しいまなざしが感じられます」と書いた.

小川さんが言うように,自分の書いたものが誰かのもとにちゃんと届いていることを知ることは,本当に嬉しいことである.そう,私も,見知らぬ誰かが私の文章を読んでくださっていることを実感できる機会があった.

(2013年)1月7日(月)の朝,メールソフトを立ち上げたところ,件名が「最近読んだ本から022」なるメールがあった.「最近読んだ本から」の22冊目は,日本エッセイスト・クラブ編「死ぬのによい日だ(‘09年版ベスト・エッセイ集)」(文春文庫,2012年10月10日発行,281ページ)のことである.以下,差し出した方の了解を得たので,そのメールを紹介する.なお,一部編集させていただいた.

「初めてメールを差し上げます.私は,『2009年版ベスト・エッセイ集』に「増穂の小貝」で収録させてもらっております近藤健と申します.花輪先生が拙作を取り上げてくださっていることを偶然に知り,メールを差し上げた次第です.大変に光栄なことであり,心より感謝申し上げます.

29年続いたこの『ベスト・エッセイ集』も,残念なことに2011年版で最後となってしまいました.つまり来年の文庫でお仕舞いです.活字離れがこんなところにも影響を及ぼしております.この本は,高校,大学の現代国語の受験問題としても結構取り上げられ,受験生の間でも読まれていると思っていたのですが.私は一介のサラリーマンではございますが,05年,06年,08年,09年そして最後 の11年版に作品が収録されるという幸運に恵まれました.廃刊は残念なことです.

私は,○○○○(筆者注:ここは伏せました)という偽名で,会社のホームページでもバカバカしいエッセイを書いております.気分転換にお立ち寄りいただけると幸いです.(URL略)

また,機会がございましたら,能登半島の湖月館をお訪ねいただけると幸いです.ちょっと遠くて不便なところですが.(URL略)

突然のメールで申し訳ございません.嬉しくなって,つい,メールを差し上げた次第でございます.ありがとうございました.」

近藤さんは,私の「最近読んだ本から」の22冊目の一言紹介を読んでくれたのである.その一言紹介とは,次のようなものであった.

「その年に発表されたエッセイの中から,日本エッセイスト・クラブが選ぶベスト集. 2008年初出のエッセイの中から,55編が収録された.単行本は2009年に刊行.文庫本はいつも単行本から3年遅れての出版.今回で27冊目.選ばれたエッセイ,どれもこれも素晴らしいが,北日本石油(株)に勤める近藤健さんの「増穂の小貝」と,女優の十勝花子さんの「転ぶ老女」には泣けました.私は毎年,この文庫本の出版を待ちに待っています.」

近藤さんからメールを頂いて,私は早速次のような返事を出した.

「わざわざのメール,ありがとうございました.何かのキイワードで,私のウェッブサイトがヒットしたのでしょうか.

そうなのですか,ベストエッセイ集のこと,初めて知りました.その欄にも書きましたように,このエッセイ集が文庫で出るのを,毎年とても楽しみにしておりました.2011年版で最後とはとても残念なことです.

そうですね,若い人の活字離れが進んでいます.新聞も読まない人が増えています.そんな流れを少しでも変えたいということで,昨年(2012年)4月から本の紹介を始めたのでした.大きな効果は期待できそうにもありませんが.

会社のウェッブサイトでもご活躍とのこと,承知しました.時々楽しませてください.最後になりましたが,近藤さんにとっても,本年が良い年でありますように.」

この私の返事に対し,近藤さんからすぐ次のようなメールを頂いた.

「ご丁寧な返信をいただき,恐縮しております.先生のホームページは,ネットで検索しているうちにたまたまヒットしたものです.ご存知とは思いますが,『最近読んだ本から025』で先生が取り上げられました池澤夏樹のお父様が福永武彦です.今年は例年になく寒い日が続いております.どうぞご自愛のほどお祈り申し上げます.」

近藤さんとのこれらのメールのやりとり,誰かに何らかのメッセージが伝わっていることを,確かに実感できた出来事でした.


2013年2月10日


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