徒然なるままに(2015年11月)
1.一つの技を極めると…

2015年10月12日(月)の夜,途中からであるがNHKの番組「伝説×最強=○○への架け橋だ!」を見た.何名かのアスリートがゲストとして出演して,過去のオリンピックの名場面のエピソードなどを話していた.ゲストの一人が,柔道の野村忠宏さんであった.野村さんは,1996年のアトランタ,2000年のシドニー,2004年のアテネの3つのオリンピックに出場し,すべて金メダルを獲得した方である.

番組の中で,今後期待できる一押しの若手選手を紹介するコーナーがあった.その中に柔道も取りあげられ,野村さんと18歳の若手選手との対談の場面があった.この若手選手から,「野村さんと言えば背負い投げですが,試合では驚くほど多彩な技が出てきます.どのようにして身につけられたのですか」との質問が出た.

これに対する野村さんの答えは,「世界の誰にも負けないくらい練習し,背負い投げを自分のものにした.そうしたら,驚くほど簡単に他の技も自分のものにすることができた.だから,一つの技でいいから,誰にも負けないくらい上手くなるように練習しなさい.そうすれば,他の技も自然と身につきます」というものであった.

スポーツの世界にも「一点突破 全面展開」のようなことがあることがわかり,頷いてしまった.

2.心を落ちつけるために

今年(2015年)のラグビーワールドカップは,日本ラグビーの歴史に残るものであった.3勝1敗の好成績である.ボーナスポイントの差で決勝リーグには進めなかったが,過去,7回の出場で,たった1勝(2分21敗)しかできなかった日本が,今大会,3勝もしたのである.次の2019年の大会は日本での開催であるが,これに向けて大きな弾みとなったに違いない.

この大活躍の立役者が,キッカーで副主将の五郎丸歩選手である.1次(予選)リーグには20チームが参加したが,五郎丸選手は4試合で58点をあげ,全参加選手中2位の好成績だった.また,決めたペナルティゴール(PG)は13本で,これは全選手中最多であった.

大きな話題となったのは,キックする前の一連の動きと独特のポーズである.このポーズとは,腰を後ろにやや突き出して前かがみになり,両手を合わせてあたかも「印を結ぶ」ような形をとることである.

このポーズに至る一連の動きとは,先ず,2回ボールを回した後,ボール台にセットする.そして真後ろへ3歩下がり,次に左へ2歩移動する.次に,上記のポーズをとる.この時,キックの地点からゴールポールまでのボールの軌道を頭の中にイメージしているのだという.そして,キックする.

どうしてこのような動きとポーズをとるようになったのか,以下,テレビ番組や新聞記事などからの情報を総合すると,次のようなことらしい.

五郎丸選手が所属していたチーム(ヤマハ発動機のことだろうか?)にはメンタルケア・コーチがいて,一緒に考えた結果,このような動作とポーズをすることになったのだそうだ.どのテレビ番組であったか思い出せないが,このメンタルケア・コーチの方が取材に応じていた.

このコーチは若い女性の方であったが,この方が言うには,もともと五郎丸選手は,試合中に上がるようなこともあり,キックに好不調の波があったのだという.そこで,心を落ち着けて毎回安定したキックを行えるよう,一連の動作とポーズを一緒に考えたのだという.

この独特のポーズであるが,実は尊敬する元イングランドのキッカーがいて,その人のポーズを真似ているのだという.このキッカーとはジョニー・ウィルキンソン選手で,ワールドカップで歴代最高の249点をあげた伝説の選手なのだそうだ.彼が2004年に日本に来たとき,早稲田大学でコーチをしてくれた.このとき五郎丸選手は1年生で,直接彼の指導を受けたのだという.

この一連の動きを取り入れるようになってから,キックは格段に安定したという.五郎丸選手は,この一連の動作とポーズを,‘いつもやること’いう意味で「ルーティン」と呼んでいる.五郎丸選手に限らず,このような決まった動作を行うアスリートはたくさんいるという.

このルーティン,一種の‘験担ぎ’(げんかつぎ)なのだろう.


3.ある育英会の活動

先ごろ,ある育英会の創立90周年祝賀会に招待された.この育英会は,毎年指定された9大学に所属する約100名(1学年あたりでは約20名)の学生に,貸与型の奨学金を与えている.貸与額は大した額ではないのだが,人気がある奨学制度だという.この育英会は毎年いろいろな行事を行っており,大学を卒業した先輩も含め,奨学生間のつながりがとても強いのだそうだ.私の挨拶ではこのことに触れ,人と人とのつながりを大事にするユニークな活動に感銘を受けたことを述べた.以下,挨拶の大要である.いつものように,「である体」で記す.

私は教育・学生支援・教育国際交流担当の理事をしているが,出身は本日司会をしているFさんと同じ,理学研究科の地球物理学専攻である.Fさんは地震学研究室,私は海洋物理学研究室と隣り合わせの研究室であった.

さて,本日は本育英会創立90周年東北支部祝賀会にご招待くださり,感謝申し上げる.

私が招待された理由は次のようなことだと思っている.この(2015年)8月23日(日)に,本学で,ある研究会が開催された折,支部長されているK先生も,そして私も招待されて講演を行った.また懇親会にも招待され,そこでK先生とお話ししたところ,今日の記念祝賀会に参加してほしいことを依頼されたのである.

K先生としては,育英会から学生が長年支援を受けてきたので,大学としてきちんとお礼を申し上げてほしい,ということだと思う.そのことは十分に理解できるので,学生支援を所掌する私の当然の役目として,二つ返事で参加することを申し上げた.

そこで改めてであるが,育英会創立90周年,誠にお目出とう.本学は選ばれた9つの大学の一つとして,これまで長年にわたり100名を優に超える学生にご支援をいただいたことに深く感謝申し上げたい.

実は私は寡聞にしてこの育英会のことを,K先生からお聞きするまで知らなかった.そして,本育英会は,K先生の話やリーフレットやウェッブサイトなどを拝見して,単に奨学金を貸与するだけではなく,実にユニークな活動をしていることがわかった.

私も奨学財団の選考委員などをしているが,通常の奨学財団では授賞式はするのだが,奨学生が集まるのはせいぜいその程度ある.その点,本育英会は,1年の間に何回も奨学生と支部のお世話をする人たちが集まり親睦を深めている.仙台でも,新入生歓迎会や芋煮会を開催したりしているとお聞きした.また,卒業前には,9大学から卒業する全員が東京に集まって親睦会を開催することとなっているようだ.

これは,とても良いことだと思う.世の中だんだんと複雑になり,個人個人の役割が次第に細分化されてきている.課題が持ち上がっても,一人の力ではなかなか解決できないことも多くなっている.このような時代に重要なのは,人と人のつながり,すなわちネットワークであろう.本育英会は,単に奨学金を貸与するばかりではなく,横のつながり縦のつながりを通して人材を育成していること,そしてネットワークを創るところに力を注いでいることに私は感銘を受けた.実際,本育英会から支援を受けた多くの方々が社会で活躍されている.

このような親睦を深める行事を長年続けることはなかなかできないことであろう.これからもこのような形での人材育成をお願いしたい.

最後に,本育英会が今後ますます発展し,100周年,そして150周年,200周年と歴史を刻まれることを祈念し,私の挨拶としたい.


2015年11月10日記


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