日本海事新聞コラム 海洋時論 その3 |
本欄のNo. 138(2016年11月10日)とNo. 140(2017年2月10日)に続き,日本海事新聞のコラム「海洋時論」の第72回と第73回の原稿を紹介する. 1.【海洋時論(72):2017年3月29日】 「16年ラニーニャの取り消し ~継続期間が短く,定義満たさず~」 ◆エルニーニョ,ラニーニャ両現象の定義と命名の経緯 今年2月12日付の日本経済新聞に,「ラニーニャ認定取り消し 気象庁 昨秋,水温低下期間短く」と題する記事が掲載された.2014年6月から16年4月まで,「スーパーエルニーニョ」などと呼ばれた強いエルニーニョ現象が起こったが,その後9月からラニーニャ現象が発生したと発表されていた.その後の推移から,結果的に定義を満たさないことが分かり,ラニーニャ現象が発生したとは言えないことが報道されたのである. 本稿では上記の報道に関連して,エルニーニョ現象やラニーニャ現象の定義と,ラニーニャという名前が付けられた経緯について紹介しよう. ◆監視海域の水温平均値からの偏差で現象を定義 エルニーニョには,16年12月21日付本コラムに書いたように,季節変化としての現象と,1年程度続く大規模な現象がある.日頃私たちがエルニーニョと呼んでいるのは後者である. 気象庁では,南緯5度-北緯5度,西経150度-西経90度の海域(監視域)の水温の,その前の年までの30年間の各月の平均値からの差の5カ月移動平均値が,6カ月以上続けてプラス0.5度以上となった場合をエルニーニョ現象,マイナス0.5度以下となった場合をラニーニャ現象と定義している.ここで,5カ月移動平均とは当該月とその前後2カ月の計5カ月の値を平均して変化を滑らかにする操作のことである. 今回,昨年9月と10月の2カ月間はマイナス0.5度以下となったものの,その後平均値に近づいたため,ラニーニャ現象が発生したとはみなされなかったのである.なお,気象庁が毎月発行している「エルニーニョ監視速報」では速報性を重視して,(5カ月移動平均値が)原則1カ月でもプラス0.5度以上の状態となった場合に「エルニーニョ現象が発生」,マイナス0.5度以下の状態となった場合に「ラニーニャ現象が発生」と表現している. ◆曲折経てエルニーニョ=少年,ラニーニャ=少女が定着 エルニーニョはスペイン語で,英語ではThe Boy,すなわち少年のことである.それも,特別の少年,幼子イエス・キリストを指す.エルニーニョとは逆の現象に対し,当初,反対(anti-)の現象ということで,アンチ・エルニーニョと呼んでいた.しかし,この呼称はキリスト教を冒涜するような印象があるので,他の名称が望まれていた. 1985年,米国のエルニーニョ研究者であるS.G. フィランダーが,エルニーニョとラニーニャと題する論文を発表し,ラニーニャと呼ぼうと提案した.ラニーニャは,英語ではThe Girl,すなわち少女のことである.同じころ,別の研究者からはエルビエホ,英語ではThe Old,すなわち老人ではどうかとの提案があったが,結局,現在はラニーニャが圧倒的に使われている. 2.【海洋時論(73):2017年5月24日】 「マイクロプラスチックごみ ~深海にも横たわる 各国が解決すべき課題~」 ◆JMASTECが「深海デブリデータベース」を公開 4月3日,海洋研究開発機構(JMASTEC)は,海底ごみの映像や画像を集めた「深海デブリデータベース」を公開するとのプレスリリースを行った.デブリとは,フランス語のdébrisで「破片」という意味であるが,多くの場合「ごみ」を指す語として使われている. JAMSTECは,深海まで潜ることのできる有人潜水調査船や無人探査機を有している.それらを用いた海中や海底の調査に画像や映像を撮影しているが,その中には海底に横たわっているポリ袋やペットボトル,缶などが写っていることがある. 今回それらの資料から,海洋のごみ問題解決に資することを目的に,ごみの種類を細かく分類した画像や映像のデータベースを作成し公開したのであった. ◆日本海溝にマネキンの首,世界最深の海底にはポリ袋 JAMSTECが公開した画像の中には,岩手県沖の水深6000メートルを超す日本海溝にマネキンの首が横たわるショッキングなものもあった.有人潜水調査船「しんかい6500」での画像だが,その時の映像(動画)もある.海底を撮影中に現れたマネキンの首に撮影者はびっくりしたのだろう.ズームしたりピントがずれたりしたシーンもあった. また,無人探査機「かいこう」が水深1万900メートルのマリワナ海溝で撮影した複数のポリ袋の画像もあった.水深1万900メートルとは,世界最深部の海域を意味している.世界最深の海にもごみがあったのである. ◆人間への影響も懸念される細片化した海洋ごみ 上記データベースは,ペットボトルやポリ袋の画像や映像であるが,目に見えない細かく砕けたプラスチックごみも海には存在する.海表面近くでの波や流れによる物理的破壊や,紫外線による化学的な破壊で次第に細片化し,ついには肉眼では認識できないほどの大きさになる.このような小さなごみはマイクロプラスチックごみと呼ばれている. このマイクロプラスチックごみの表面には,ポリ塩化ビフェニル(PCB)などの有害な化学物質や,バクテリアやコレラ菌などが付着しやすいことが知られている.魚や貝,あるいは海鳥の内臓に,既にマイクロププラスチックがかなりの頻度で見つかることが報告されている.生物はその体内で有害物質を濃縮するので,汚染された魚や貝を食べることで,人間にまで影響が及ぶのではないかとの懸念が示されている. 海岸に漂着するペットボトルなどのごみは,大変目立ち景観を損ねている.これは各国が協力して解決すべき大きな問題である.そして,それだけにとどまらず,本稿で述べたように,マイクロプラスチックごみ問題も早急に解決すべき大きな課題であるといえる. 2017年6月10日記 website top page |