日本海事新聞コラム 海洋時論 その4 |
本欄のNo. 138(2016年11月10日),No. 140(2017年2月10日),No144(2017年6月10日)に続き,日本海事新聞のコラム「海洋時論」の第74回と第75回の原稿を紹介する. 1.【海洋時論(74):2017年8月17日掲載】 「外来生物の侵入防止」 ◆関係省庁,ヒアリの早期発見と防除に取り組む 5月26日に兵庫県尼崎市でコンテナの内部から数百匹のヒアリが見つかったとの報道があって以来,神戸港,大阪港,名古屋港などでも相次いで生息が確認され,ちょっとした騒動になっている.7月に入ると環境省の呼び掛けで国土交通省や農林水産省などの関係省庁の担当者が集まり,早期発見と防除に向けた取り組みを推進することを決めた. ヒアリは南米原産の毒を持つアリで,刺されると猛烈な痛みを伴うことから,漢字では「火蟻」と書く「特定外来生物」の一種である.人やモノの移動と共に次第に生息域が広がり,1940年代には米国が生息域になったという. 2000年代に入ると中国や台湾,オーストラリアにも侵入した.ただし,ニュージーランドは01年に侵入が確認されたものの,徹底的な防除を行い,定着阻止に成功したと伝えられている. ◆環境・農水両省,生態系被害防止外来種リストを公表 日本にもともと生存・生息をしていない生物で,環境を破壊したり人間などに被害をもたらしたり恐れのある生物が特定外来生物である. 環境省と農水省は15年3月,「わが国の生態系に被害を及ぼす恐れのある外来種リスト(生態系被害防止外来種リスト)」を作成し公表した.ヒアリ(アカヒアリ)は,生態系被害が大きく(選定理由Ⅰ)と,人体や経済・産業に大きな影響を及ぼす(同Ⅲ)という理由で,全78種の「定着を予防する外来種(動物)」の一つに認定されていた. このリストの中には,「魚類」や「その他の無脊椎動物」の項目には海にすむ動物も認定されている.船舶による物流の拡大により,海にすむ動物の移動も懸念されているからである. ◆IMO採択のバラスト水管理条約が9月に発効 海にすむ生物では,貝類など船底に付着しての移動もあるが,大型船が積むバラスト水による移動が知られている.貨物の積載量が少ないとき,船を安定させるための重し(バラスト)として船内に取り込む大量の海水をバラスト水と呼ぶ.通常,バラスト水は貨物を陸揚げした港で船内に取り入れられ,貨物を積み込む港で排出される. このバラスト水による海にすむ動物の移動は既に顕在化しているため,04年2月,国際海事機関(IMO)で,いわゆるバラスト水管理条約が採択された.各国の批准がなかなか進まなかったが,昨年ようやく要件を満たしたため,今年9月8日に発効することが決まった.これ以降,機械的・物理的・化学的などの手段により,積載しているバラスト水に含まれる有害な水生生物を除去あるいは無害化した後に排出することが義務付けられた. 陸上や海洋生態系の保全のためには,可能な限り外来生物の侵入を防がなくてはならない.そのためには,空港や港などの人や物の出入り口での防御,いわゆる水際作戦が重要となっている. 2.【海洋時論(75):2017年10月11日掲載】 「12年ぶりの黒潮大蛇行」 ◆気象庁・海保庁が黒潮大蛇行の発生を発表 気象庁と海上保安庁は9月29日,黒潮が8月下旬以降,紀伊半島から東海沖で大きく離岸して流れる状態が続いており,12年ぶりに大蛇行しているとみられると発表した.この2005年8月以来の大蛇行は,海保庁の測量船「海洋」が同27日に取得した観測データからも確認されたとしている. 大蛇行が発生すると,沿岸潮位に変化が起きたり,魚種や漁獲量に変化が起きたり,船舶の航行にも影響が出たりと,さまざまなところに影響が出ることから,メディアに大きく取り上げられた. ◆黒潮流路の2様性-大蛇行流路と非大蛇行流路 黒潮は日本南岸を東に流れる世界有数の海流で,幅は約100キロメートル,中央表層での最大流速は毎秒1-2メートル,深くなるにつれて遅くなるがおおよそ1000メートルの深さまで流れ,毎秒5000万立方メートルの海水を運んでいる. 北緯15度付近を西へ流れる北赤道海流の一部が台湾付近で北に向きを変えて黒潮となる.黒潮は,南西諸島の西側を北上し,トカラ海峡を抜ける.さらに九州東岸を北上し,四国沖から日本南岸に沿って東に向かい,房総半島付近で日本沿岸から離れる.学術的にはこの台湾付近から房総半島までの流れを黒潮と呼び,房総半島から東の流れを黒潮続流と呼ぶ. 流れの道筋のことを流路と呼ぶが,黒潮は大蛇行流路と非大蛇行(直進)流路を交互に取ることが知られている.陸上の河川とは違い,海洋での流路は時々刻々位置が変わる.詳しく見れば黒潮の流路も多様であるが,大別すれば大蛇行流路と非大蛇行流路の2種類である.このことを黒潮流路の2様性(bimodality)と呼んでいる. ◆黒潮大蛇行の要因解明はチャレンジングな研究テーマ 黒潮はなぜ大蛇行と非大蛇行という2つの流路を取るのだろうか.海洋物理学の研究者を悩ます大問題である.1975年に発生した大蛇行が契機となり,その後多くの研究が行われてきたが,いまだ皆が納得する説明はない.黒潮の流速が速くなると起こるという説がある一方で,流速が遅くなると起こるという説もある.なかなか手ごわい研究テーマである. 大蛇行は,まず九州の東岸で小さな蛇行(小蛇行)が発生し,それが東進して遠州灘沖に進むにつれて振幅が大きくなり,かつ進みが遅くなり,ついには停滞することで発生することが多い.このプロセスの解明が鍵であるかもしれない. ◆1853-54年のペリー来航時も大蛇行流路か 1853年と翌年,アメリカのペリー提督は江戸幕府に開国を迫るため,艦隊を率いて日本にやって来た.沖縄(琉球)の方から江戸へと向かっているのだが,航海中は1日6回(0時から3時間おき,ただし6時と18時を除く)海上の気象や海面の水温,船の偏流の観測を行っている.54年に来航したときの海面水温の分布によると,黒潮の大蛇行を強く示唆したものとなっている.この時の大蛇行がいつ始まり,いつまで続いたかは残念ながら不明である. 2017年11月10日記 website top page |