日本海事新聞コラム 海洋時論 その5 |
本欄のNo. 138(2016年11月10日),No. 140(2017年2月10日),No. 144(2017年6月10日),No.149(2017年11月10日)に続き,日本海事新聞のコラム「海洋時論」の第74回と第75回の原稿を紹介する. 1.【海洋時論(74):2017年12月6日掲載】 「黒潮大蛇行と日本の天候」 ◆今冬は黒潮大蛇行が継続する可能性高い 先のこの欄(10月11日付)で黒潮は12年ぶりの大蛇行流路となったことを述べた.気象庁は10月5日,ウェブサイトに「黒潮の大蛇行関連ポータルサイト」を立ち上げて最新情報を掲載している. 同庁はこのサイトで11月20日,「凌風丸による最新の観測結果」を公表し,同時に「海面水温・海流1カ月予報」も発表した.それらによると,黒潮は引き続き大蛇行流路であり,1カ月先も継続すると報告されている.すなわち,今年の冬は黒潮が大蛇行のまま経過する可能性が高いのである. ◆1-3月は首都圏に寒気が入りやすくなる 気象情報会社のウェザーニュースは11月20日,この12月から3月までの降雪傾向を発表した.降雪量は広範囲で平年並みの予想だが,「関東甲信や西日本の日本海側では平年よりやや多い」と予想し,「この要因は,12年ぶりに発生している黒潮大蛇行とラニーニャ現象」であるとする. 同社は,「黒潮大蛇行が冬季まで続いた場合,日本の南岸を通過する低気圧が,首都圏に寒気を引き込みやすいコースを取ることが多くなり,(略)このため,関東甲信は平年よりも雪の降りやすい冬となる」と予想する. ◆大蛇行のときは東にずれた経路を取る エルニーニョやラニーニャが日本の天候に大きな影響を与えることはよく知られているが,黒潮大蛇行と天候の関係はどうなのだろう.実は,この関係が明らかにされたのは,つい最近のことだ. 日本南岸を北東に進む低気圧の経路を,黒潮大蛇行の有無に分けて統計的に調べたところ,大蛇行のときは非大蛇行のときに比べ,やや沖合に,すなわち東にずれた経路を取ることが分かったのだ.その結果,北風成分が強まり,首都圏に寒気が入りやすくなることが期待されることになる. 低気圧は温暖前線や寒冷前線を伴っているので実際は複雑であるが,簡単化すればその理屈を以下のように説明できる.低気圧の風は,台風と同じく反時計(左)回りである.したがって,ある地点が低気圧の進行方向の右(西)側か,真ん中か,左(東)側かで,風向きが異なることになる.通過する地点がちょうど中心であれば,最初に東風が吹いて中心が過ぎた後は西風となる. 一方,中心よりも右(東)側の地点は,近づくときは南東の風で,過ぎた後は南西の風というように,常に南風成分を伴うことになる.同様に中心よりも左(西)側の地点は,常に北風成分を持つ風が吹くことになる.すなわち,大蛇行時の低気圧は沖合を通過するため,中心より東に位置する首都圏では常に北風成分を伴う風の場となるのである. ◆南岸低気圧の振る舞いの差は「確率的な事象」 大蛇行の有無による南岸低気圧の振る舞いの差は,統計的にいえることであって,全ての南岸低気圧で必ずそうなる,ということではないことに注意されたい.経路のばらつきは大きく,沢山の事例を集めるとそうなることが多いと指摘されているのである. 2.【海洋時論(75):2018年2月21日掲載】 「人工衛星による海洋監視」 ◆「しきさい」がデータ取得開始 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月12日,前年12月23日に打ち上げた衛星が初期機能確認のための運用を開始し,種々のデータを良好に取得していることを発表した. 打ち上げ後「しきさい」と愛称を付けられたこの衛星は,気候変動観測衛星(GCOM-C)の一つで,可視光線を中心に19の波長帯で光(電磁波)を観測する「多波長光学放射計」(SGLI)を搭載している.地上約800キロメートルの上空を,少しずつ軌道がずれるようにほぼ南北に周回し,約2日間で全地表面を250メートルの分解能で観測できる. ◆プランクトンの分布を推定 この衛星は,光の放出量が少ない.したがって,暗い海洋を高感度に観測できる能力も有している.海水中に懸濁物質が存在したり,光合成を行う葉緑体を持つ植物プランクトンが存在したりすると,他の海域とは異なる色の分布となる.この色の強さを計測することで,懸濁物質や植物プランクトンの分布とその量を知ることができる. 今回公開された画像の中に,関東付近の海域を撮影した画像がある.その画像は,東京湾や利根川河口から房総半島南部の沿岸域が緑色の波長帯で明るく,大量の植物プランクトンが存在していることを示していた. 日本沿岸域では,プランクトンが異常増殖する現象である赤潮が毎年のように発生し,養殖漁業などに大きな被害がでている.従来,赤潮の発生状況の全体像を把握することは容易ではなかったが,この衛星の登場でそれも可能となることが期待されている. ◆プランクトン分布から漁場予測へ 海洋では,植物プランクンは動物プランクトンに食べられ,動物プランクトンは小型の魚に食べられ,小型の魚はより大形の魚に食べられと,食物連鎖が存在している.すなわち,植物プランクトンの分布を知ることは,漁場を推測することにつながってくる.このような観点から,この衛星は漁場予測の把握にも役立てられると期待されている. この衛星による海洋監視は,主に海色(光)に関するものであるが,そのほかにも海面の高さを測る衛星や,海表面の温度を測る衛星なども打ち上げられている.地表面の70%を占める海洋の全体を監視するためには,これら衛星による計測が無くてはならない手段となっている.日本が打ち上げる地球観測衛星を世界は高く評価しており,今後もこの期待に応えていきたいものである. 2018年3月10日記 website top page |