杉本 周作
東北大学 大学院理学研究科
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黒潮蛇行により四国沖に暖水塊が形成
学術的背景

日本南岸を流れる黒潮は主に3種類の流路をとることが知られています(Kawabe et al. 1995)。それは、大蛇行流路、非大蛇行離岸流路、非大蛇行接岸流路の3種類です(図1)。黒潮の流路が変わると、周囲の海洋環境(水温・塩分・海流など)も大きく変わります。これは漁場の把握・水産資源の確保の観点でともて重要な情報です。さらに、最近では黒潮の流路が温帯低気圧の経路に影響を及ぼしているという報告もあります(Nakamura et al. 2012)。すなわち、黒潮流路形態変化に伴う海洋構造変動を理解することは、海洋物理の観点だけではなく大気物理学・水産学にも有益であり、私たち社会生活にも関係する研究課題です。
図1. (a) 黒潮流路の概念図です。青線が大蛇行流路、黒線が非大蛇行離岸流路、赤線が非大蛇行接岸流路を表します。陰影は海底地形(水深)を示しています(単位はm)。
(b) 東海沖での黒潮流路の位置の時間変動を表しています。これは気象庁のデータを利用しています。

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目的

黒潮流路に伴う海洋構造変化を明らかにするためには質・量ともに充実した観測データが必要不可欠です。しかしながら、従来の船舶観測ではこの目的を達成するには十分とはいえませんでした。そこで、観測頻度の不十分性を低減するために、本研究課題では近年国際協力のもとに全球展開されているArgoフロート(水温・塩分自動観測ロボット)を活用することしました。そして、本研究では黒潮流路形態変動の影響がとくに大きい四国沖に着目し、流路形態変化に伴う海流分布を調べるなかで,水塊を軸に海洋構造(水温・塩分分布)の解明を目指しました。さらに、大気海洋間の熱交換関係を調べることで黒潮流路(蛇行・非蛇行)が大気場に与える影響解明を目指しました。


研究手法

四国沖を含む日本周辺海域の海洋構造(水温・塩分分布)を調べるにあたり、船舶による観測資料、およびArgoフロートデータ(Oka et al. 2007)を収集し、使用しました。なお、本研究では多くのデータ利用可能になる2005年1月以降を対象とし、2011年12月までの7年間にわたり解析を行いました。
海面の水温については、人工衛星による観測が実施されており、十分なデータ長が利用可能です。そこで、NOAAが作成・管理している高解像度海面水温データ(約25km間隔)を使用しました(Reynolds et al. 2007)。そして、大気海洋間熱交換関係の解析には、ヨーロッパ中期予報センター作成の大気再解析資料(Dee et al. 2010)を使用しました。


研究成果

日本南方の黒潮の流路変化に伴う海洋構造を明らかにするために、黒潮流路位置の時系列(図1b)をもとに黒潮蛇行期(大蛇行流路・非大蛇行離岸流路;2005, 2007, 2009年)と非蛇行期(非大蛇行接岸流路期:2006, 2008, 2010, 2011年)の2種類に区分しました。まず,黒潮蛇行・非蛇行に伴う海流分布の違いを調べました。ここではとくに再循環分布に着目しました。ただ、海流の正確な分布を得るには空間的に密な観測が必要になります(少なくとも数十km間隔の観測が必要)。しかしながら、このようなデータはほぼ存在しません。そこで本研究課題では、水温が深さ方向に大きく変わる層である主水温躍層深度(本研究では12℃等温線の深度で表現しました)をもって再循環(時計回りの海流)を示す指標として代用することにしました。図2は黒潮蛇行期・非蛇行期における冬季の主水温躍層深度の分布を表しています。この図より、非蛇行期には深い水温躍層が日本南方で東西にわたり広く分布していることがわかります(東経135度から145度程度まで)。この深い水温躍層の分布は、強い再循環が存在することを意味しています。その一方で,黒潮蛇行期には深い躍層分布(再循環)が,東経140度を界に東西に分断していることがわかります:一つは四国沖(図2b中のA),もう一つは東経145度近辺(B)に分布しています。すなわち、黒潮の蛇行に伴い四国沖に局地的な再循環が形成・分布することがわかりました。
図2.(a) 黒潮非蛇行期、(b) 黒潮蛇行期の冬季(1月-3月)平均主水温躍層深度分布図(m)。この水平図は船舶観測データとArgoフロートデータを組合せて作成しました。
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そこで,この四国沖の海洋構造(水温分布)、およびその時間発展を調べました。図3aは黒潮非蛇行期(2010年)に四国沖を漂流していたArgoフロートから得た水温・渦位の時間・深度断面図を表しています。この図からわかるように、混合層深度(赤線)は冬(1-3月)に深くなります。そして、この深い冬季混合層内で形成される水が低渦位水(青色)です。この低渦位水は、春には海面から離れ海洋亜表層に滞在し、それ以降、翌冬まで維持していることがわかりました。そこで、この低渦位水の水温を調べると、約18℃であることが見出されました。この水温は亜熱帯モード水(Subtropical Mode Water; STMW)の特性によく一致しました。また、蛇行期(図3b:2005年)でも、非蛇行期と同様に冬季混合層内で形成された低渦位水が春以降も亜表層に存在していることがわかりました。しかしながら、その温度に着目すると19℃よりも高く、これは従来の研究で定義されてきたた亜熱帯モード水よりも高温でした。

さらに,この図から、もう一つの興味深い結果が見出されました。それは、今着目した低渦位水(19℃よりも暖かい水塊)の下に,別の低渦位水が分布していたことです(約400 mの深さ)。この下層に分布する低渦位水の温度は約16-17℃であり,これこそが亜熱帯モード水であることがわかりました。すなわち、黒潮が蛇行する時期には四国沖で低渦位水の鉛直二層構造が構成されることを発見しました。
図3. (a) 黒潮非蛇行期・(b) 蛇行期のArgoフロートの軌跡(左)と深度・時間断面図(右)。黒等値線は水温、緑線は19℃等温線、赤線は混合層深度を表しています。
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黒潮蛇行期に、四国沖には従来の概念よりも暖かい亜熱帯モード水が分布することがわかりました。そこで、その形成要因に迫るために黒潮流路位置(図1b)と冬季海面水温の相関関係を調べました(図4)。その結果、黒潮が蛇行する時期ほど四国沖の海面水温が高くなる関係を見出すことに成功しました。つまり、四国沖の水温は、黒潮流路に関連して変動することがわかりました。
図4. 黒潮流路位置と冬季海面水温偏差の相関係数分布。暖色は黒潮蛇行期に海面水温が高く、非蛇行期に低くなる関係にあることを表しています。
黒潮の流路と水温の関係に迫るために船舶観測データをもとに水平熱輸送量を見積りました。その結果、蛇行に起因した四国沖での再循環形成に伴い北方の黒潮暖水が同海域に再分配されることを示す描像を得ました。すなわち、これは,海流が四国沖の水温の決定に大きく寄与することを示しています。

四国沖海面水温が海洋変動により形成されるということは上空大気場に影響を及ぼすことが大いに期待されます。そこで、大気海洋間熱交換関係を調べました。その結果、黒潮蛇行期ほど,四国沖で海洋から大気に向けて多くの熱が放出されていることがわかりました。すなわち、海が暖かいから熱が放出されたという関係が成り立つことを見出しました。これは、海上を吹く風が海から熱を奪い、海を冷やすという従来の大気海洋関係とは全く異なる描像でした。すなわち、本課題により、新しい大気海洋像を日本近海で抽出することに成功しました。

大気場に果たす黒潮の影響を解明するためには、その役割の定量化が必要不可欠です。そして、温帯低気圧や大気ジェットなどの大規模大気循環場への黒潮の作用を理解することが天気予報の改善に大きく貢献します。今後、本成果を礎とすることで、漁場変化の将来予測や温帯低気圧に起因した災害への防災・減災の実現に資する発展研究を展開することが重要です。


関連する発表論文

Sugimoto, S., and K. Hanawa, 2014: Influence of Kuroshio path variation south of Japan on formation of subtropical mode water. Journal of Physical Oceanography, 44 (4), 1065-1077.

Sugimoto, S., N. Takahashi, and K. Hanawa, 2013: Marked freshening of North Pacific subtropical mode water in 2009 and 2010: Influence of freshwater supply in the 2008 warm season. Geophysical Research Letters, 40 (12), 3102-3105.


研究費

文部科学省科学研究費補助金 若手研究B(23740348)(代表)[黒潮再循環変動特性の解明と大気大循環場への影響理解](2011年度〜2013年度)