専攻長
インタビュー
Interview

東北大学大学院
理学研究科
地球物理学専攻

須賀 利雄
SUGA Toshio

須賀 利雄専攻長

地球全体を俯瞰するフェーズへ

   そもそも「地球物理学」とは、どんな学問ですか?

 地球物理学とは、その名の通り、地球という惑星を物理学の立場から理解しようとする学問です。地球内部(固体地球系)から、地球表面の海洋や大気(流体地球系)、さらには高層の電離圏や磁気圏につながる太陽系(太陽惑星空間系)まで、幅広い領域が地球物理学の扱う範囲です。その中で起こる多様な時間空間スケールでの現象を対象とします。

 そもそも地球物理学という言葉自体は古くなく、使われ始めたのは19世紀の終わり頃と思います。もちろん、それ以前から地球物理学につながる研究は行われていましたが、地球物理学としてのまとまりはさほど意識されずに、各分野でそれぞれ発展してきました。私がこの世界に入った約30年前も、学問が細分化・精密化される一方、分野間のつながりはあまり意識されず、地球全体を見る機会はあまりなかったかもしれませんね。それが今、地球全体を俯瞰するフェーズへ移行していると感じます。

   なぜ今、地球全体を俯瞰するフェーズへ移行しているのですか?

Earth

 以前のように、様々な現象を個別に定量的に深く掘り下げる方向へ学問が進む時は、地球全体のことをイメージしなくとも研究ができたのだと思います。一方で近年、まず一つは観測面で、全地球的な観測網が整備されつつあり、地球全体のデータを入手できるようになってきました。もう一つは理論面で、数値モデルの発展により、地球で起こる様々な現象の物理プロセスを、かなりの精度でコンピュータ内に再現できるようになってきました。観測と理論の両面で、地球全体で起こっていることを把握できるようになってきたことで、見ている特定の現象と、広域あるいは地球全体の現象との関わりを考えることが、今は普通になってきたのです。さらに、様々な現象間の関係がよく見えるようになったことで、地球物理学の各分野の枠を超えた研究も行われるようになってきました。

地球を物理学で理解する

   「地球を物理学の立場から理解する」とは、具体的にどのようなことですか?

Earth

 地球に関わる様々な自然現象を理解する時、基礎となる物理学があります。例えば、「地球内部の固体部分を弾性体で近似する」と物理学の言葉で言います。弾性体とは、力を入れると変形し、放すと元に戻るものです。例として、日本周辺では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込こんでいますが、海洋プレートに引きずられることで、大陸プレートにひずみが溜まります。これがまさに弾性体の性質で、力が加わると変形し、その変形が我慢できなくなったところで元に戻ろうとします。この時に生ずるのがプレート境界型の地震です。

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 また、地球表面の空気や水も、切れ目なくつながっていますね。これを物理の言葉で「連続体」と言い、連続体のうち、力をかけると変形して元に戻るのが先述の弾性体で、空気や水など変形しても元に戻らないのが「流体」です。大気や海洋は流体ですから、流体力学的な過程で理解します。さらに、例えば大気の上昇気流に伴い水蒸気が凝結して雲ができて雨が降るとなれば、流体力学的な過程と熱力学的な過程の二つで理解できます。

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 超高層の電離圏に生ずる現象の代表と言えば、美しく神秘的なオーロラでしょう。地球には、太陽から吹き出す電離した粒子である太陽風が吹きつけています。オーロラは、太陽風起源の電子などの荷電粒子が、地球の磁気圏に侵入して磁力線に沿って加速され、大気の原子に衝突する際に発光する現象です。これは電磁気学的な過程として理解できます。

 非常に簡単に言うと、これが"物理的に"見るという意味ですね。一方で、物理学的な理解と対比できるのが"化学的な"理解です。例えば地殻構造を考える時、地球物理学的には「弾性体」として見て、「どれくらい伸び縮みしやすいか」「どれくらい硬いか」といった"物理的な"特性に着目します。一方、これを地球化学では「どんな物質からできているか」といった"化学的"な特性に着目します。もちろん両者は関係しますが、20世紀後半頃まで、地球物理学と地球化学は別々に発展してきました。

 しかし、ここに来て、物理プロセスを理解するために化学的性質の理解も必要になっており、あるいは化学的プロセスの背景にある物理がより詳しく明らかになったことで地球化学の理解が進むこともあります。それは化学のみならず生物も然りです。このように今、地球全体を視野に入れた研究が盛んになっており、学問領域を超えた分野連携という学際的な方向へ科学が進んでいます。地球物理学、そしてこれからの科学は、新しいフェーズへと発展している時期なのです。


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「物理学的なものの見方」の土台をつくる

   これから科学が新たなフェーズへ向かう中、研究機関であり教育機関である大学として、どのような教育を地球物理学専攻では行っていますか?

 「物理的なものの見方」をしっかり養うため、物理系として入学した1年次から2年次前半までは、全員共通する授業を受け、物理学の基礎をじっくり勉強します。逆に言うと、「自分は早く地球物理学をやりたい」という希望を強く持ち、入学後すぐに研究できると思っていた人にとっては少し物足りないくらいに「まずは物理」なんですよ。しかしこれは非常に大事なことで、拠って立つ物理学の土台をしっかりつくることが、今後どの方向へ発展するにせよ非常に重要です。

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 次に各自の希望と成績等に基づいて配属が決定し、2年次後半から地球物理学コースへ配属されることになります。本コースで最も特徴的な授業は、2年次後半から3年次前半まで1年間かけて行う「地球物理学実験」でしょう。地球物理学実験では、学生たちが自分たちで実験テーマや方法を考え、実験装置を自作して測定系を組み立てて検定し、さらに計測したデータを解析・考察することによって、実験や観測の考え方・進め方を実践的に学びます。発表会やレポート作成等もあり、研究活動の一連の流れを体験することができます。この授業は、これまで学生が受けてきた教育とは全く異なり、テキストも実験方法も予め用意されておらず、学生が自ら考えて主体的に動くことが基本となっています。

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 地球物理学実験の前半では、物理定数(重力加速度、光速、粘性率等)を精度良く求める実験を行います。定数ですから、答えは教科書等に正確な数字が載っています。答えがわかっているものを敢えて自分たちでつくった観測装置で測って求めるのです。自分たちの観測系の性質をきちんと理解していると、求めた数値の"誤差"を評価できるようになります。これが非常に重要なことで、その意味を身をもって体験してもらうことが、前半で重要なことの一つですね。そして後半では、自然界で起こっている変動現象を扱います。今度は必ずしも答えがないものを対象とするので、より研究に近くなります。例えば、仙台で観測される海陸風の特徴や、電離層の高度の日変化を測る人、自分たちで地震を起こして地震波を測る人もいます。観測重視の伝統で、その基礎をじっくり教育している点が、地球物理学専攻の特徴です。


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「新たな目」を獲得する

   観測を重視する理由は何ですか?

 まず、この組織の原点として東北帝国大学理科大学物理学科が1911年に設置された後、物理学科から派生して1912年に気象と地震を観測する理科大学附属観測所を仙台市向山に設置したのが、地球物理学コースの始まりという歴史があります。

 そもそも我々は、自分たちが観測できないものは、我々が物理現象として理解する以前に、その存在すら知らないのですよ。新たな観測手法を開発し観測することは、新たな目を獲得し、その存在すら知らなかったものが見えることにつながります。すなわち観測は、我々のものの見方を拡げる重要な行為です。

 私は海の専門家ですから、例として海の話をしましょう。実は、我々人間は、海のことを知らないのです。大航海時代は船乗りたちが、1870年代は英国のチャレンジャー号が、第一次世界大戦後は敗戦したドイツが、1990年代は世界各国で協力して、船舶で世界中の海を測る観測を行いましたが、それでも観測の空白域は残りました。世界中の海の至るところで一体何が起こっているかなんて、我々は知りようがなかったのです。

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 そこで、海を隈なく継続的に測れるようにしようと、2000年にスタートしたのが、国際科学プロジェクト「アルゴ計画」です。世界各国が協力し、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握できるシステムを構築しました。この観測網ができる前と後では、「海に対する我々の監視能力は革新的に変わった」と言っても過言ではないでしょう。このような観測網の充実化が今、様々な地球物理学の分野で起こっています。

理学的興味が社会貢献へつながる

   そもそも研究の原動力は何でしょうか?

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 「我々の住んでいる地球とそのまわりを取り巻く環境は、一体どんな仕組みで成り立っているのだろう?」。それを理解したいという理学的な興味が研究の原動力です。同時に、自然現象の仕組みをより深く理解したいという真理の探求に加えて、その知を防災・減災科学や環境科学に応用することで社会に貢献する役割も地球物理学に期待されており、研究を進める強い動機となっています。

 その代表的なものとして、既に行われている気象予報や、現在実現を目指している地震・火山噴火の予知、あるいは地球温暖化の緩和策、2015年12月に締結されたパリ協定発効後の調査・監視等も、地球物理学の守備範囲です。また、予測をもとに、その変化に適応した産業構造の変革を進めるといった適応策にも関係しています。このように理学的な興味が、同時に、防災や減災、気候変動に関する緩和策や適応策への貢献にもつながっていくのです。

 この分野に来る学生の動機にも幅があるでしょう。純粋に理学的な興味だけで来る人もいれば、社会への貢献を強く意識して来る人もいるかもしれません。また興味の対象も、大気に興味がある人もいれば、地震や惑星に興味がある人もいるかもしれない。あるいは、理論に興味がある人もいれば、観測に興味がある人がいるかもしれない。さらに計算が得意な人もいれば、ものをつくったりデータを解析するのが好きな人もいるかもしれない。そんな幅広い動機や興味、能力を持った人たちが、自分たちの動機や興味、能力を活かす場が、地球物理学にあることが魅力の一つですね。それは、競争ではないのです。地球物理学には、それぞれ自分が得意なことをやることで全体の理解が深まっていくという醍醐味があります。

「地球観」を豊かにする

   最後に、これからの未来を担う若い世代へ、メッセージをお願いします。

 どんな人でも、地球上で生きていれば、自分の身のまわりで起こっている様々な現象に対して「なんでだろう?」と疑問に思ったことがあると思うのです。その疑問を掘り下げ深く理解し、地球全体がどのようになっているかという見方、いわば「地球観」を豊かにする行為が、地球物理学という学問だと私は思うのです。

 例えば、そもそもなぜ雨が降るのだろう?今の地球は、大気と海洋が低緯度の余分な熱量を高緯度側に運ぶことで、割りと均等に均されています。その熱輸送を担うプロセスの一つが、雨なのですよ。「そんな地球全体の営みの中で今、雨が降っているのだな」と思うと、「突然雨に降られて、私が濡れるという個人的不都合なんて、地球全体の営みで見たら、すごく小さなことだ」と思うのです。地球物理学で、地球の自然現象の全体像やプロセスがわかることを通じて、自分の日常のものの考え方にも影響するのがおもしろいですよね。そのようなことをまさに毎日、自分の専門として勉強できるのが大きな魅力だと思います。

 もう一つ大事なことは、私はこの分野に約30年前に入ってきましたが、当時抱いた根本の疑問は、あの時代背景のもとについた"火"であり、今でも研究の大本の動機になっています。今からこの分野に来る若い人たちは、我々とは観測する目も理論もモデルの発展も全く異なるところからスタートしますから、我々とは全く異なる考えをしてもおかしくないですよね。

 まさに今、地球物理学が変革しようするこの時期に、自分の「地球観」を豊かにしつつ、人類全体の「地球観」を拡げて発展させることに貢献する、そんな地球物理学の世界に、若い人たちにはぜひ飛び込んで来てもらいたいと願っています。

   須賀先生、ありがとうございました。

須賀 利雄 SUGA Toshio  東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 教授

1962年東京都生まれ。1991年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。専門は海洋物理学。東北大学理学部助手、同助教授、東北大学大学院理学研究科准教授を経て、2012年より現職。1997年日本海洋学会岡田賞受賞。2000年から海洋科学技術センター(現:国立研究開発法人 海洋研究開発機構)サブリーダー、グループリーダーなどを兼務して国際アルゴ計画に従事し、2009年からは国際アルゴ運営チームメンバー。これまでに、気候のための海洋観測パネル(OOPC)共同議長、日本海洋学会副会長などを務め、現在、日本ユネスコ国内委員会IOC分科会調査委員、全球海洋観測システム(GOOS)運営委員会委員などを務める。