Topics 2018.04.06

海と大気が織りなす美しい物語

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図1.海洋観測中に撮影された北太平洋上での一風景。

船に乗ったことがありますか? 陸地から遠く離れた海に繰り出したことがありますか? そこでは360°の全方位に広がる海と大気が織りなす美しい景色を見ることが出来ます(図1)。この静かに佇むように見える海と大気ですが、実は海面を通して互いに熱を交換しています。この熱交換作業は、海が誕生した40億年以上前から絶えることなく今日まで行われてきました。そして、現在の気候科学では、この大気海洋間の熱交換が地球全体の気候に大きく影響を与えることがわかってきました。そこで、熱交換をキーワードに海と大気が織りなす世界に皆さんをいざなおうと思います。

さて、この海と大気の熱交換関係を解き明かすために多くの研究が行われてきました。その中で、私たちが暮らす日本が分布する緯度帯の海(中・高緯度の海)では、熱交換をコントロールするのは大気であるとされてきました。すなわち、中・高緯度の海では、風が吹くことで海から熱が奪われる。その結果、海は冷たくなるとされていました。これは、「熱い紅茶にフーフーと息を吹きかけて冷ます」のと同じカラクリです。ところが、地球観測衛星などを始めとした海洋・大気データが増えたことにより、上記のカラクリとは異なる海と大気の関係が見え始めてきたのです。ここでは、その一例として、ここ東北大学からほど近い日本東岸沖で描かれつつある大気海洋関係について紹介します。

まず、図2の左のパネルを見てください。この図は、2002年1月1日の海面での海の流れを表しています。北緯35度から37度付近で一筋の東向きの流れが見て取れると思います。これは黒潮続流と呼ばれる暖流であり、世界最大級の速さで流れています。このとき黒潮続流は北に向かって大きく張り出していました。そして、2週間後にはこの黒潮続流に渦のような時計回りの流れが現れ始め(図2中央)、さらに2週間後の1月30日には黒潮続流から千切れる形で渦が作られる様子が観察されます(図2右)。この渦、その直径は約300kmで、厚さは500mに達することもあり、実に巨大です。このように、日本東岸沖は黒潮続流から千切れた渦が多く分布する特殊な海なのです。では、この渦の水温を見てみましょう(図3左)。この渦は周囲に比べてとても暖かいことが一目瞭然です。これは、この渦が暖かい黒潮続流から千切れる形で作られたことに起因します(図2参照)。言い換えれば、渦の中には、南の海の暖かい水がたくさん含まれているのです。

この暖かい渦は直上大気に影響を与えるのでしょうか? 答えはYesです。まず、図3の中央パネルを見てみましょう。この図は、海から大気へ放出される熱の量を表しています。この図より、日本東岸沖の暖水渦は、大気に向けて膨大な熱を放出していることがわかります。その値は600W/m2を超えており、この量は世界最大規模です。そして、海上を吹く風の強さに着目すると、暖水渦上ほど強い風が吹いていることがわかります(図3右)。つまり、日本東岸沖の暖水渦の上では「暖かい海上から多くの熱が出て、風が強い」関係が成り立っているのです。そう、これは従来考えられてきた海と大気の関係(強い風が海から多くの熱を奪うことにより海が冷える)とは大きく異なっています。

現在進行形の気候研究により、海と大気の関係は、海域や季節、時間・空間スケールによって変わりうることがわかってきました。そして、この海と大気の関係は、その一つ一つがとても美しい物語を織りなしています。この地球で起こっている物語を理解し、組み合わせることで、複雑な地球の気候システムの全容に一歩ずつ着実に迫っていけるはずです。

私たちの研究室では、毎年観測航海に出かけています。海の上では、普段の生活では眺めることができない素晴らしい自然の情景に出会えるでしょう。どうですか? 海の世界を冒険したくなりませんか? 美しい自然を紐解く科学の世界に飛び込んでみたくなりませんか? 私たちは若い方の挑戦を心待ちにしています。

文責 地球環境物理学講座 杉本周作 助教

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図2. 2002年1月1日、15日、30日の海面での海の流れの方向を矢印の向きで示し、流れの強さを矢印の長さで表しています。ここでは、0.5m/s以下の弱い流れは省略しています。

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図3. 2002年1月30日の海面水温(左パネル)、海から大気への熱放出量(中央パネル)、海上風の強さ(右パネル)を表しています。図中の矢印は、図2と同様で海の流れの向きと強さを示しています。

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