Topics 2021.01.15

38億年前の「海があった時代の火星」に迫る

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図1:「海を持つ火星」の想像図。(提供:NASA/GSFC)

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 現在の火星表面の環境は、平均温度約-70℃と寒冷であり、大気圧も約0.007気圧と非常に希薄なため、液体の水の存在は非常に厳しい状況です。しかし、地表を観測すると液体の水が流れた痕と考えられる「バレーネットワーク」と呼ばれる流水地形(図2)が無数に見つかっており、過去には表層に液体の流水や海が存在しうる温暖な気候であったことが確実視されています。火星由来とされる隕石や表面に残るクレーターなどから、約38億年前の初期火星には二酸化炭素を主成分とした大気が0.5~2気圧(今の地球大気に匹敵する気圧)で存在していたと見積もられ、温室効果によって温暖な気候が保たれていたであろうと想像されました。全球気候モデル(図3)の発達は様々な惑星大気環境をバーチャルで再現することを可能にしており、これを用いた38億年前の火星環境の推定がまず海外の研究チームにより行われました。

 ところがその結果は、二酸化炭素と水の温室効果のみでは液体の海が存在し得るほど温暖にはならない、というものでした(Forget et al., 2013)。その要因として、この当時の生まれたての太陽は今よりも暗く、現在の約75%の日射量であったことが挙げられます。よって、流水地形の存在を説明するには隕石の衝突や火山の噴火など、突発的な温暖化による陸氷の融解を考慮する必要があるとする説が有力視されました(Wordsworth, 2016)。またその一方で、別の温室効果ガスが当時の火星大気に存在して温暖化に寄与する可能性も検証され、中でも惑星内部からの脱ガスにより供給されると考えられる水素分子が二酸化炭素分子と衝突することで赤外線を吸収し、温暖化に寄与することを大気放射計算から示唆した研究結果が提示されました(Ramirez, 2017)。

 我々はこの後者の説に立脚し、地球の全球気候モデルを改良して38億年前の火星の気候を再現、またそこで得られる降水量・融雪量から地表の流水量分布を求めるモデルを開発しました。これを用いて38億年前の火星の気候と地表流水の評価を様々な仮定で行った結果、水素が1~数%の混合比で存在する二酸化炭素大気は、想定される当時の大気圧と日射量のもとでも十分な温暖化をもたらすことが可能である結果が得られました。さらに、例えば地表1.5気圧、水素混合比3%を仮定した計算では赤道域で降雨・積雪が季節によって繰り返される「冷涼・湿潤」な気候が再現され、得られた地表流水量の分布からこの気候が約100万年続くことで観測されている流水地形分布(図4)の約半分が得られることが示されました(Kamada et al., 2020)(図5)。これは特別な温暖化イベントの発生を考慮せずとも流水地形を作ることができることを初めて示した研究結果ですが、観測されている残り半分の流水地形はこのモデルでも説明できません。今後、初期火星における地形の変化や氷河による浸食も考慮に入れた研究を進めることで、流水地形分布のよりよい説明を試み、当時の表層温度・水量分布、そして大気組成をこれまで以上に制約することで、当時の火星における生命存在の可能性にも迫る予定です。

 我々は全球気候モデルを用いて、この初期火星研究の他にも現在の火星、金星、さらに太陽系外惑星の大気環境研究も行っており、観測と連携してこれらの惑星の気候形成メカニズムとその変動に迫っています。

文責 黒田剛史(惑星大気物理学分野 助教)

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図2:火星地表面に残る「バレーネットワーク」の観測例。(提供:NASA)

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図3:地球をはじめとする惑星の大気環境を水平グリッドと層に分けて計算する「全球気候モデル」の模式図。(出典:気象庁ホームページ)

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図4:火星地表面に残る流水地形の分布。赤い部分が集中して存在する箇所。(Hynek et al., 2010)

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図5:我々の初期火星全球気候モデル(地表1.5気圧、水素混合比3%)で求められた、流水地形を作るのに必要な「冷涼・湿潤」な気候の継続期間(単位:万年)。(Kamada et al., 2020)

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参考文献

Kamada, A., Kuroda, T., Kasaba, Y., Terada, N., Nakagawa, H., Toriumi, K. (2020), A coupled atmosphere-hydrosphere global climate model of early Mars: A 'cool and wet' scenario for the formation of water channels. Icarus, 338, 113567, doi:10.1016/j.icarus.2019.113567.

Forget, F., Wordsworth, R., Millour, E., Madeleine, J.-B., Kerber, L., Leconte, J., Marcq, E., Haberle, R.M. (2013), 3D modelling of the early martian climate under a denser CO2 atmosphere: Temperatures and CO2 ice clouds. Icarus, 222, 81-99, doi:10.1016/j.icarus.2012.10.019.

Wordsworth, R.D. (2016), The Climate of Early Mars. Annual Review of Earth and Planetary Sciences, 44, 381-408, doi:10.1146/annurev-earth-060115-012355.

Ramirez, R.M. (2017), A warmer and wetter solution for early Mars and the challenges with transient warming, Icarus, 297, 71-82. doi:10.1016/j.icarus.2017.06.025.

Hynek, B.M., Beach, M., Hoke, M.R.T. (2010), Updated global map of Martian valley networks and implications for climate and hydrologic processes, J. Geophys. Res., 115. doi:10.1029/2009JE003548.

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