Topics 2022.10.26

南極・昭和基地における大気重力波のスーパープレッシャー気球観測

大気重力波とはその名の通り大気中を伝わる波動現象の一つで、主に地表付近で地形の影響や高気圧・低気圧といった気象現象により発生します。雲が何列も筋状に並んでいるのを見たことがあるかと思いますが、これも大気重力波によるものです。この大気重力波が上空に伝わっていくことで高度十数キロ以上の成層圏や中間圏にエネルギーを運び、上層大気の気温や大気の運動に重要な影響を与えます。大気重力波の観測は数多く行われていますが、南極域ではまだ観測例が少なく、この地域の大気重力波の活動度や特徴については精度が不足しています。

大気重力波を観測する一つの方法は、スーパープレッシャー気球を利用することです。スーパープレッシャー気球は、気球内のガスの体積を一定にすることで浮力を一定に保ち、一定高度(正確には等密度面)を長期間浮遊します。この気球で風速・気温・気圧を精度よく観測することで、重力波による運動量輸送を測定でき、その水平分布もとらえることができます。海外ではこういった観測に利用された例がありますが、日本が実施する観測は初めてでした。

また、南極・昭和基地にはPANSY レーダーという大型の大気観測レーダーがあります。このレーダーでは大気重力波の高度方向の情報を得ることが出来ます。そこで、スーパープレッシャー気球を昭和基地から放球し、PANSYレーダー観測および最新の気象再解析データと組み合わせることにより、大気重力波による運動量輸送の3次元的描像を捉えることがこの観測の目的です。

この観測は、国立極地研究所・宇宙科学研究所・東京大学等との共同研究で、3年後に1年間を通した観測を行うことを目標としていますが、今回はその第一段階として、昭和基地の夏観測期間に実際に観測し、気球や観測装置の性能確認、放球・観測方法の確立を行いました。惑星大気物理学分野の村田准教授が国立極地研究所冨川准教授とともに第63次南極地域観測隊に夏隊員として参加し、2022年1月上旬から2月上旬にかけて昭和基地から3機の気球を放球しました。

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図1. 1月6日の1機目の放球(撮影:JARE63 武善紀之)

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図2. 2月4日の2機目の放球(撮影:JARE63 菊池健生)

気球で観測した風速・気温・気圧等のデータは電波を使って送信しますが、長期間浮遊しながらの観測では昭和基地まで電波の届かない遠いところまで飛んでいってしまいます。そこで、この観測装置では衛星通信を利用して観測データを送信します。

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図3. 観測装置の上蓋を開けたところ。左側の円盤の中央にあるのが衛星通信用アンテナ。(撮影:JARE63 村田功)

今回使用した気球は上空で満膨張になると直径8 m程度になりますが、地上でヘリウムガスを入れた放球時の直径は4 m程度です。気球にとって放球時の風は大敵で、5 m/sくらいの風速になると気球が風にあおられて地面に当たってしまったりします。しかし、気球にヘリウムガスを入れ始めてから放球するまでには2時間以上かかるため、放球直前までは風の当たらない屋内で作業する方が安全です。また、夏季の昭和基地は気温も0℃前後でそれほど寒くはありませんが、今後冬季に観測する場合には長時間の屋外作業は危険です。そこで、4 mの気球を出し入れできる放球前の作業場所が必要になります。幸い昭和基地には大型車両を保管する車庫や使用していない観測機材などを保管しておく倉庫がありましたので、そのうちの一つを利用することができました。また、放球作業は2人だけでは出来ませんので、放球当日は他の観測隊員にも協力してもらい、3機とも無事放球に成功しその後高度18km付近での一定高度の浮遊(レベルフライト)にも成功しました。

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図4. 作業場所の倉庫から気球を運び出し放球場所へ。(撮影:JARE63 馬場健太郎)

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図5. 放球メンバー集合写真。(撮影:JARE63 馬場健太郎)

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図6. ペンギンも興味津々? 放球準備中に倉庫前にやってきたアデリーペンギン。(撮影:JARE63 武善紀之)

得られた観測データはまだ解析中ですが、図7に今回観測を行った3機の気球の航跡図を示します。気球の航跡は風によって決まりますが、一番長く観測したSPB03は昭和基地(図7の赤い☆マーク)からほぼ東方向に南極大陸を1/8周ほど回りました。

現在、昭和基地での通年観測に向けて準備を進めています。より長期間のレベルフライトが確実に実施できるよう、気球や観測装置の改良を進めます。

(文責 惑星大気物理学分野 村田功)

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図7. 今回放球した3機の航跡図

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図8. 昭和基地全景。手前右手のかまぼこ形の建物が放球準備に使用した倉庫。その先に見えるHマークのある黒いヘリポートが放球スペース。中央にPANSYレーダーのアンテナ群、奥には昭和基地主要部が見える。(撮影:JARE63 村田功)

ホームページリンク

観測隊ブログ:スーパープレッシャー気球、昭和基地から打ち上げ

https://nipr-blog.nipr.ac.jp/jare/20220113post-201.html

観測隊ブログ:スーパープレッシャー気球による大気重力波観測

https://nipr-blog.nipr.ac.jp/jare/20220207post-216.html

教員南極派遣プログラムBLOG:スーパープレッシャー気球の放球

https://nipr-blog.nipr.ac.jp/antarctic-teacher/2022/01/post-14.html

⼤型⼤気レーダーを中⼼とした観測展開から探る⼤気⼤循環変動

https://www.nipr.ac.jp/antarctic/science-plan10/juuten06.html

大気球研究報告:南極域における大気重力波のスーパープレッシャー気球観測計画(LODEWAVE: LOng-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica)

https://jaxa.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=47396&file_id=31&file_no=1

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