Topics 2021.10.22

理論とシミュレーションで解き明かす宇宙プラズマの乱流加熱

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図1:宇宙空間の中でイオンや電子が乱流によって加熱されるイメージ図。太陽風や降着円盤など様々な天体現象に共通する普遍的なプロセス。

乱流とは、大小さまざまな大きさを持つ渦が衝突・合体・分裂しながら複雑に運動する現象のことです。乱流は私達の身の回りの空気や水の流れの至るところに存在しています。しかし極めて複雑な挙動を示すため、乱流の持つ物理的性質を理解することはとても難しく、かの有名な物理学者リチャード・ファインマンは"Turbulence is the most important unsolved problem of classical physics."と言ったそうです。実は宇宙に存在するプラズマも、その多くは乱流状態にあります。プラズマは電磁場と相互作用をするので、水や空気よりも遥かに複雑な運動をします。ただでさえ難しい乱流が、宇宙空間ではより一層複雑になるわけです。そのため、プラズマ乱流の基礎的な性質を理解することは、様々な天体現象を理解する上で最も困難な課題の一つと考えられています。

乱流の重要な性質の一つがプラズマを加熱することです。乱流の中には大小様々な渦がありますが、大きい渦はシステムが持つ自由エネルギー(例えば重力ポテンシャル)によって作られます。そして大きい渦が小さい渦にどんどん分裂していき、最終的に粒子の熱エネルギーへと変化します。すなわち乱流は大きいスケールに存在する自由エネルギーをミクロな熱エネルギーへと変える"変換器"として働きます。このため、宇宙空間の中でプラズマがどれだけ高温になれるかは、乱流というエネルギー変換器の性能によって決まっていると考えることができるわけです。

しかし先程述べたように、乱流の挙動は複雑であり、エネルギー変換としてどのような性質を持っているか謎に包まれています。特に「乱流がプラズマ中のイオンと電子のどちらをより加熱するか?」という問題は宇宙物理学において数十年以上未解決の大問題で、現在も世界中で競って研究が行われています。

具体例としては、人工衛星観測から太陽から吹き出る太陽風においてイオンが電子より高温になっていることが分かっています。もっと遠い天体に目を向けると、ブラックホールの周りを回っているプラズマの流れである降着円盤においてもイオンが電子より高温になることがしばしばあると考えられています。この2つの例のいずれにおいても乱流がイオンを選択的に加熱しているのではないか、という予測がされています。

私達は理論と数値シミュレーションを駆使して、乱流がどのようにプラズマを加熱するか研究しています。宇宙プラズマ乱流を記述するための方程式には様々な効果が含まれています。そのため、そのままでは解析することが困難です。そこで私達は磁場閉じ込め核融合の研究で広く用いられているジャイロ運動論とよばれるモデルを用いています。イオンや電子のような荷電粒子は、磁場の周りを高速に回転するサイクロトロン運動とゆっくりと磁力線を横切るドリフト運動に分解することができます。ジャイロ運動論では高速なサイクロトロン運動を平均化することによって方程式を簡約化します。すなわち、プラズマ乱流のうち本質的と考えられる部分にフォーカスすることで方程式をスリムにするのです。

ジャイロ運動論を用いることによって方程式は扱いやすくなりました。とはいえ、ジャイロ運動論は非線形偏微分方程式であるため、紙とペンのみの計算で解くことは困難です。私達はスーパーコンピュータを用いてジャイロ運動論を数値的に解くことでプラズマ乱流のシミュレーションを行い、イオンと電子のどちらがより選択的に加熱されるか調査しました。その結果、イオンはβ値と呼ばれるプラズマの圧力と磁場の圧力の比の増加関数になっていることがわかりました(Kawazura et al., PNAS 2019)。これはつまり、磁場が強いところでは電子の方が加熱されやすく、逆に磁場が弱いところではイオンが加熱されやすいということを意味しています。

また、乱流中に含まれる非圧縮的な揺動と圧縮的な揺動の比にも強く依存することが分かりました(図2; Kawazura et al., Phys. Rev. X 2020)。プラズマ中の非圧縮な揺動とは磁力線の振動のことです。一方、圧縮的な揺動とは音波のような密度の変化を伴うゆらぎのことです。私達のシミュレーションの結果、圧縮的な揺動はイオンを選択的に加熱することが分かりました。先程の結果と組み合わせると、電子がより選択的に加熱されるのは、磁場が強くかつ非圧縮な揺動しかない場合ということができます。

現在は、この結果をマクロなスケールにおいて乱流が駆動される過程と組みあせて、より現実の天体現象に即した乱流加熱の性質を明らかにしようと試みています。

文責 川面洋平 助教(学際科学フロンティア研究所宇宙地球電磁気学分野兼務)

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図2:大規模数値シミュレーションによって得られたイオンと電子の加熱比と,圧縮的揺動と非圧縮的揺動の比の関係性.横軸の値が大きいほど圧縮的成分が増大する.一方,縦軸の値が大きいほどイオンの加熱が増大し,1を超えるとイオン加熱の方が電子加熱より大きくなる.マーカーの色はプラズマの圧力と磁場の圧力の比βiに対応し,βiが小さいほどより強磁場になる.いずれのβiに対しても,イオンと電子の加熱比は,圧縮的揺動と非圧縮的揺動の比の増加関数であるため,圧縮的揺動がイオンを選択的に加熱していることを示している.(Kawazura et al. (2020) Physical Review Xを改変,c 2020 The American Physical Society)

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