Topics 2025.08.18

太古の火星で"生命の材料"は作られていた?

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図1. 太古の火星における有機物生成過程の概念図(©Shungo Koyama)

地球外生命体は存在するのか?誰もが一度はこのような疑問を持ったことがあるのではないでしょうか。この問いに答えるべく現在では世界中の研究者が様々なアプローチで研究を進めています。私たちは、地球の隣にある惑星、火星において生命が誕生する可能性を探っています。

生命が誕生し得たかどうかを確かめるには、まず生命の材料となる有機物がどのように生まれたのかを知る必要があります。手がかりの一つが炭素の安定同位体比(13Cと12Cの割合)で、この比率の違いからその有機物がどのように形成されたのかを読み解くことができます。

現在の火星は寒冷で乾燥した環境ですが、約30-40億年前の火星には、地質的な証拠から液体の水があったと考えられています。その時代に形成された火星の堆積物中の有機物は、13Cが異常に少ない (=軽い炭素が多い)ことがNASAの火星探査機キュリオシティによって明らかにされました。また、この炭素同位体比はサンプルごと大きく異なることも知られていましたが、なぜこのような異常な値が現れるのかは、謎のままでした。

そこで私たちは、大気中で作られるホルムアルデヒド(化学式: H2CO)という分子に注目しました。この分子は太古の火星大気中で生成されると考えられており、地面に堆積後、水中で生命の材料分子である糖を含む複雑な有機物を生成することが知られています。もしこのホルムアルデヒドが火星でたくさん作られていたなら、生命の材料をまかなえた可能性があります。

この仮説を確かめるために、大気の光化学モデルと放射対流モデルを組み合わせた火星大気進化モデルを開発し、約30-40億年前の太古の火星大気中のホルムアルデヒド内の炭素同位体比の変遷を推定しました。その結果、火星大気中のCO2が太陽紫外線で分解する際に、炭素同位体が分別されることで13Cの少ないホルムアルデヒドが生成されることが分かりました。この炭素同位体比は、当時の火星の大気圧や地表の反射率(アルベド)、COとCO2の比率、火山から噴出する水素の量などの要因によって変動することが示されました。

このホルムアルデヒドを起源とする有機物が、火星有機物に見られる異常な炭素同位体比、つまり13Cの枯渇を説明できることが分かりました。また、火星有機物の同位体比のもう一つの特徴であるバラツキのある幅広い値を考慮すると、火星の有機物は、このホルムアルデヒド由来の有機物に加えて、火山ガス由来、隕石などによって運ばれてくるさまざまな有機物が混ざり合って形成されていることが示唆されました。

この発見は、太古の火星でホルムアルデヒドが有機物の生成に寄与していたことを示し、生命の材料となる糖などの分子が火星で生成されていた可能性も示唆しています。

火星の地上探査は今も続いており、有機物の性質や、それができた当時の環境が少しずつ明らかになっています。さらに、日本が主導する火星衛星サンプルリターン計画MMX(Martian Moons eXploration)では、時代の異なる炭素同位体の記録が得られる見込みです。私たちはそのデータをもとに、有機物が火星の「いつ・どこで・どれくらい・どんな分子として」作られたのかを描き出し、生命が生まれ得た条件に、より具体的に迫っていきます。

(文責 小山俊吾(惑星大気物理学分野))

Reference

Koyama, S., Kamada, A., Furukawa, Y. et al. Atmospheric formaldehyde production on early Mars leading to a potential formation of bio-important molecules. Sci Rep 14, 2397 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-52718-9

Koyama, S., Yoshida, T., Furukawa, Y. et al. Stable carbon isotope evolution of formaldehyde on early Mars. Sci Rep 14, 21214 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-71301-w

 

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